Aspiciunt oculis superi mortalia iustis
「名前……ですか?」
榊に告げられた内容をもう一度アリサがゆっくりと復唱する。
「ああ、何時までも『この子』扱いでは色々と不便だからね。どうもこの手の名付けは得意じゃなくてね、代わりに素敵な名前を考えて欲しいんだが……どうかな?」
「どうかなー」
何でもかんでも誰かの真似をしたがる幼児のように『少女』が榊の言葉を真似てみる。
「ふっ……俺、ネーミングセンスには自身があるんだよね~」
「嫌な予感しかしないんですけど……」
自信満々に名乗りを上げたコウタだったが、大抵こんな前置きをする時は嫌な予感しかしない。
「そうだな~、例えば……ノラミ、とか!」
嫌な予感大的中。一気にラボ内の温度が何度も下がったのではと錯覚する程空気が凍ったのが、皆口にせずとも分かった。
「ドン引きです……」
「コウタ、却下」
「何だよ! じゃあ他に良いのがあるのかよー!」
コウタは女子陣からの一斉ブーイングに若干涙目になりながらも反論するとアリサに動揺が走る。その好機を見逃す筈もなく、コウタは茶化しだした。
「へーんだ、自分のセンスを晒すのが怖いんだな~」
「そ、そんな訳ないでしょ!え、えーと……」
赤くなって慌てる――否、配属された頃よりも感情表現が豊かになったアリサの姿を微笑ましく思いながらも眺めていると、それを打ち破る可愛らしい声が飛んで来た。
「……シオ!」
「そ、それ! 丁度同じ名前を考えてたんです!」
パン、と手を打ったアリサに対しコウタがすかさずツッコミを入れる事を忘れない。なんだか何時もと立ち位置が逆だ。
「嘘吐けぇっ! ……えー、でもやっぱノラミでしょ」
「シオ!」
「……お塩?」
「違うと思うわ、ムツミ。……それ、貴方の名前?」
「そうだよ!」
確かに字が同じだが明らかにイントネーションが異なるだろう。サクヤは苦笑を見せながらも少女、元いシオに問うとにっこりとした花咲く笑顔付きで返答があった。
「どうやら此処に居ない誰かが、先に名付け親になってしまったみたいだね」
「え、それって……」
コウタはぐるりとラボ内を軽く見回し――約一名、第一部隊のメンバーが居ない事に気付く。
まさか『彼』が付けたのだろうか。
「な……なぁ、やっぱノラミの方が良いんじゃない?」
「やだ」
「………んだよチキショー!!」
迷う暇も無い、見事なまでの即答具合に一人虚しく、コウタはしくしくと涙を零した。
「やあ、頑張っているようだね。君のお陰でシオの知識・知能はほぼ成人のそれと言って良い程に成長したよ」
ムツミとソーマ。何故か榊に呼び出された2人は訳の分からないまま榊の話に耳を傾けていた。
「したよー。ありがとね、ありがとー」
「口調は相変わらずだけどね。……さて、今日呼んだのは別に君を驚かせる為では無いんだ。実に切実な問題……シオの食料確保だ」
シオの食料。それは初対面の時がそうであったように彼女の『餌』は『アラガミ』だ。普段ムツミ達が食べるような物は合わないらしく口に入れようとしない。その為、任務ついでにコアなどをこっそり持ち帰っていたりしたのだが……。
「今まで君達に依頼して集めてもらっていたコアを貯蔵しておいたんだけど……つい先日、それも尽きてしまってね。君達にはシオをデートに連れて行ってほしい、って事なんだ。フルコースのディナーを宜しく頼むよ」
「たのむよー」
「ふざけるな、何で俺まで…「あ、分かりました」おい! ……勝手に受けるな!」
その場で断ってしまおうとしたソーマの言葉に重ねる様にムツミが了承してしまい、結局任務へ行く事になってしまった。
わざとらしく榊が身を乗り出す。
「ソーマ、先輩の言葉には逆らえないね?」
「馬鹿野郎が……」
ニコニコと機嫌が良さそうな榊に反比例してソーマは腕を組み、チッと舌打ちを零す。
「では改めて……宜しく頼んだよ、二人とも」
「了解でーす」
「ねぇ、はかせー」
そう締め括り二人を任務へ送り出そうとする。と、シオがくいくいと榊の服の端を摘んで引っ張る。二人は気に留める事無くそのままラボを出て行こうとしたが――
「デートってなにー?」
「楽しい事だよー」
「たのしいことー……イタダキマスだなー!」
「おい待て」
「ちょっと待って博士」
ツッコミ所満載なシオと榊の会話にツッコミを入れずには居られなかった。
そうしてシオを連れ、ムツミ達はコウタも連れて愚者の空母へと向かった。一般のミッションに偽装されているソレを難なくクリアし、息絶えたシユウの亡骸の前で嬉々としながらシオは手を挙げる。
「それじゃー、イタダキマス!」
誰かが教えたのか、行儀良く手を合わせたシオはにこにことした表情で倒したばかりのオウガテイルにかぶりつき「ウマイ!」と声を上げる。
「じゃ、私はヒバリに連絡してくるからねー。シオの面倒は宜しく。お、に、い、ちゃ、ん!」
「殴るぞテメェ」
きゃーこわーいとふざけながら走ってソーマから離れたムツミは手近な瓦礫の上に腰掛けると携帯端末を取り出して耳に当てた。
「……、もしもーし、ヒバリ?此方第一部隊。指定されたシユウ堕天・雷のザイゴート堕天三体・オウガテイル討伐したから今から帰投しまーす」
≪ミッション名「春雷」ですね? ……了解しました、お疲れ様です!≫
「はいはーい」
相変わらず間の抜けた返事をしてムツミは携帯端末の会話終了ボタンを押し、ズボンのポケットに終う。
新たなアラガミと鉢合わせしない為にも装甲車のエンジンを掛けておき、シオの食事が終わるまで待機でもしてようかと考えた所で何処か苛立った様子のソーマが此方に向かって歩いて来ている事に気付いた。
「あ、ソーマ。シオ達は……って、……?」
ソーマはムツミに見向きもせず装甲車に乗り込んでいった。バン!と荒々しく閉められた扉の音がやけに耳に響く。
一体どうしたんだ、と閉められた扉を見つめていると後方からこれまた苛立った様子のコウタの声が飛んできた。
「おい! 待てよソーマ! ……何なんだよあいつ!?」
肩を怒らせるコウタと対照的にリーダーは何か考え込むように黙り込んでいて。そうだ、とリーダーがムツミに問いかける。ソーマの苗字は何だと。
ソーマの苗字。確か、遠い昔に一度だけ聞いた覚えがある。思案し、ムツミはその遠い記憶を引っ張り出す。
「確か……シックザールだよ。ソーマ・シックザール。それがどうしたの?」
実は、とリーダーはチラリと装甲車の方を見て息を吐くと、声のトーンを落として話し始めた。
榊がうっかりか故意か、彼の前に落としたディスクに録画されていたソーマの生い立ちとも言える話を。
「そっか……よく分かんないけど、要するにアイツがゴッドイーターや神機の技術のオリジナル、って事だよな。そんで、自分が生まれたことで母親まで殺しちまった、って思ってんのか。そんなもん、ずっと一人で背負って……格好付けてるんじゃねぇよ……」
コウタは自分なり彼から聞いた話を簡潔に纏めて口に出してみる。だとすると何故ソーマがあんな態度で周りに接し続けているのかが分からなくもない。
「ムツミさんは知ってました?」
厳しい表情で顎に手を当てていたムツミがコウタの方を向く。
「……知ってたよ。ソーマはシックザール支部長の実子だって言うのも、『マーナガルム計画』って言う計画で生み出された事も。……ソーマの初任務の時、ちらっと言ってたから、支部長が。まあ、ソーマ本人が進んで苗字名乗りたがらないから私も言わなかったし、その『計画』も具体的に理解してたわけじゃないけど」
ムツミはそこで一度句切ると息を吸って二の句を紡ぐ。今までは真面目な堅い表情をしていたが、今度はパッと明るい笑顔を浮かべてだ。
「んー……まあさ、皆がソーマの生い立ちを知ったからと言ってどうこうするつもりは無いんだけど! だってソーマは今も昔もこれからも私の弟みたいな感じだもん。そんで私達の頼れる大事な仲間、それで良いじゃん?」
「あんな生意気な弟、俺だったら絶対耐えらんない……」
「あははっ! 何度も言ってるけど、口と態度は悪いけど良い子だよ、ソーマは」
深刻な雰囲気が充満していた三人の周囲の空気が一気に砕けた。皆で顔を見合わせ互いに冗談を言い合い、ひとしきり笑い合うと「よし、帰ろーか!」とムツミの発言により、装甲車へと急いだ。