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 最近、第一部隊はよく榊のラボに入り浸っている。理由は明白であり、誰もがシオの世話をしたがるからだ。一名は定かではないが。
 第一部隊の面々が本を読んだり談笑したりして時間を潰していると突然シオが立ち上がり、何を思ったのかソファーに座って談笑していたアリサの胸を鷲掴みにした。驚き、アリサはバッと胸を両手で隠す。

「ぷにぷに……」

 すると今度は隣に座っていたコウタの体をバシバシと叩く。

「イテッ、イテッ!」

「かちかち……うー……」

 不思議そうに首を傾げるシオが次にターゲットにしたのはソファーの端に座っていたムツミだった。アリサ同様、胸を触ってみる。

「……ぺたぺた?」

「なっ……!?」

 シオはそれでもうムツミへの興味は薄れたのか、さっさと離れてリーダーに抱き付いているが、ムツミは静かに部屋の片隅でプルプルと肩を震わせていた。

「たっ……確かに私より年下なサクヤとかアリサに比べたらむ、胸は無い方だけどさ…っ! ……ぺたぺたは無いでしょぺたぺたはぁああああああ!!!!」

 魂を込めるような絶叫をし、それっきりムツミはラボの片隅でぐすぐすといじけ出してしまう。コレばっかりはサクヤがフォローに入っても逆効果だと悟ったのか、その場に居た誰もはムツミに触れずにいた。

「おっかしーなー。これ、おっかしーなー」

 やっとリーダーから離れたシオは体をくねくねと曲げながらしきりに「おかしい」と繰り返す。
 興味深げに榊が眼鏡のフレームを押し上げた。

「ふーむ……人間の個体差が気になりだしたみたいだね……興味深い」

「個体差……ですか?」

 己の胸を手で隠しながらアリサが復唱する。

「ああ、体格差や身長・性格・人種・性別……人間の多様性に興味を持ち始めているんだ。アラガミは分類上無性生殖に近い繁殖形態を取ってはいるけれど、新種のヴァジュラの様な例もある。概念としての性別と言うものへの理解も時間の問題だろうね」

「この子も見た目は女の子……なんですけど……」

 アリサはチラリとシオに目を向ける。
 くりっと丸い目や長めの髪、細く小さい体躯を見る限り、どこからどう見ても女の子にしか見えない。
 榊はアリサが言わんとしている事が分かったのか、重く頷く。

「そうだね、支部長もそろそろ帰って来るだろうし、あの服もどうにかしないと……」

 そこで一旦第一部隊は解散するが、先程の解散もそこそこに第一部隊の面々は再び榊のラボに召集されてしまった。
 中央に置かれた椅子に座る榊。しかし、その顔は先ほどよりも少しやつれて見えるのは気のせいか。どうしたんだろうと思いながら榊の言葉を待っていると、出てきた言葉は思わず聞き返してしまいそうになる物だった。

「彼女に服を着せてくれないか……?」

「はぁ……服、ですか?」

 やつれ気味な榊の様子から、一体どんな無理難題が押し付けられるのだろうかと皆は身構えていたのだが、その口から出た言葉は彼女に……即ちシオに服を着せてくれ、の一つ。何だそんな事か、と面食らう第一部隊だが事は思っていた以上に深刻らしい。

「様々なアプローチを試みてみたんだが全て失敗に終わってしまってね……」

「きちきち ちくちく、やだー!」

 床で足をバタバタさせて嫌がるシオ。榊は溜息を吐いてみせた。

「……と言う事らしい。是非女性の力を借りたいと思ってね……」

 ああ成る程、と一様に皆は納得したが逆に疑問が生じた。ちらり、と女性陣がソーマとコウタ、リーダーを見やる。

「ならなんで俺を呼ぶんだ……戻るぞ」

 誰かがその疑問を口にするよりも早くソーマが代弁してラボを出て行く。コウタもバガラリーを観るからと言ってそそくさとラボを去っていった。
 サクヤは腰に手を当てて、呆れながらラボを廊下を繋ぐ扉を見やる。

「全く、薄情な男どもね…兎に角ちょっと着せてみますよ」

「……ぺたぺた……ぺったんこ……」

ムツミも何時までもいじけてないの!」

 自身の胸辺りを眺めてはおもむろに触り、それはそれは重く深い溜め息を吐き出すムツミをに喝を入れながらもサクヤはシオを呼んだ。

「シオー、ちょっとおいでー」

「なーにー?」

「博士、ちょっと奥の部屋借りますね。アリサ! ちょっと手伝ってー! ……ムツミも!ほら、行くわよ」

「分かりました! さぁ、ムツミさん!」

 喝を入れられても尚しょんぼりと肩を落としたままのムツミの首根っこを掴み、ズルズルと引っ張りながらサクヤとアリサはシオを隠している奥の小部屋へと入って行く。
 しかしそう暫くもしない内に突然部屋の中から爆発音が炸裂し、扉と壁の隙間からはモクモクと煙までもが立ち上った。直ぐにムツミ達は咳込みながら出て来たのだが、どうしたことかシオの姿だけは見当たらない。

「あの……シオちゃんが……」

「壁を壊して外に……」

「げほっ……「ちきちきちくちくやだー!」って言って……」

 リーダーと部屋の中を覗いてみる。シオに捕食されたり落書きされたりで元々酷かった部屋に大きな穴と瓦礫が散乱していて、足の踏み場も見当たらない。
 そんな中、楽しげな榊の声が耳に届いた。

「……やはり、予測出来ない……。君達お願いだ、なるべく早く彼女を連れ帰って来てくれないか?」

「楽しそうにしないでよ博士! ……ま、支部長に見つかったりアラガミに襲われたりしたら大変だもんね、じゃあ捜して来まーす」

 シオの行き先には何となく目星が付いている。
 早急に保護しなければ。ムツミは噎せた為に出てきた涙を拭いながらラボを出た。

「おーい! シオー! 何処だよー!!」

 ザクザクと真っ白な雪に足跡を幾つも残しながら廃寺の周りを探索する。
 今の所、周囲にアラガミの気配は感じられないがそれも時間の問題だ。二手に分かれてシオを捜していると、奥の方からシオを連れたソーマが此方へ向かって来ていた。端から見ても分かるが、ソーマがシオを見つけ出したのだろう。

「……帰るぞ」

「ソーマってば、何時の間にシオと仲良くなってんのよー」

ニ ヤニヤしながらムツミはシオを指し示す。この間の『デート』の一件では寧ろソーマがシオを遠ざけている様な嫌っているような、そんな風にも見て取れただけにソーマにじゃれつくシオの光景が不思議さと嬉しさで堪らない様子だ。

「知らん、懐かれただけだ」

「照れ隠ししなくても良いじゃーん」

「チッ……」

「はいはい、分かったから帰るよ。はい皆、撤収撤収ー!!」

 ソーマの舌打ちに微苦笑を零したムツミは念の為と持って来た神機入りのケースを持ち、集合した皆に指示を出しながら装甲車へと向かった。


◆◆◆


「一体この為に材料を幾つ集めた事やら……」

「あー……お疲れさんっす」

 散々榊に使いっ走りにされてヘトヘトな様子のムツミは、ソファーにぐったりと腰掛けたままコウタの労りの言葉に生返事をする。

「お待たせー」

 他愛も無い会話をしながら今回集められた理由――メインイベントの御披露目を待っていると奥の扉が開き、二人の人物がラボへ出て来た。

「キャー! 可愛いじゃないですか!」

 アリサがそう歓喜するのもおかしく無い。何故ならばシオの格好があのボロ布を纏っただけの物から白を基調とした服に替わっているからだ。背中にある羽の様な物もシオに似合っていてとても可愛らしい。

「本当に普通の女の子みたいよね」

「ですよね……」

「おっ? おっ? えへへへ……」

「おぉ! 可愛いじゃん! なぁソーマ?」

「まぁ……そうだな」

「おぉ……予想外のリアクション……」

「シオかわいーい!」

 口々に賞賛の言葉を口にすればシオは嬉しくなったのか、小さく息を吸って胸の前で両手を組み、歌を口ずさみ始めた。その見事な歌唱力に、誰もが聞き惚れる。
 一小節程歌うと眩しい位の笑顔を浮かべ「なーなー!」と皆に問い掛けてきた。

「これしってるか? うた、っていうんだよ」

「ほぅ……」

「凄い……」

「凄いじゃないシオ!」

「なんだ? これ、えらいか?」

 リーダーが頭を撫でてやりながら言うとシオは更にご機嫌になる。

「それにしても、歌なんて何処で覚えたの?」

 聞いた事の無かったメロディーにサクヤは首を傾げてみる。
 と、同時にムツミも首を傾げていた。

「なーんかどっかで聞いた事のあるフレーズ……」

 その答えはすぐシオの口から飛び出た。

「んー? ソーマといっしょにきいたんだよ!」

「なぬ!?」

「あらー、あらあらあら?」

「へぇー、そうなんですかー」

「道理で聞き覚えがあるはずだわ!」

 その場に居た全員の視線がソーマにへと注がれる。ソーマは一段と目深くフードを被ると照れ隠しかそっぽを向く。

「し、知らん……」

「なんだよー、何時の間に仲良くなっちゃってんの~」

「ちっ……やっぱり一人が一番だぜ……」
 つんつんとコウタにつつかれているソーマはボソッと呟いたが、その顔から赤味が引くのは暫く経ってからの事だった。