Dabit deus his quoque finem

 いつの時かの任務の時と同じく第一部隊全員が出撃ゲートの前に呼び出され、全員が揃ったのを確認するとツバキはバインダーを見ながら口を開いた。

「今回のターゲットから……前リーダーの腕輪らしき信号が確認された。目下調査中だが恐らく……先の戦いの相手だろう。苦しい戦いになるかも知れんが現状の戦力を鑑みて、勝てない相手ではないと判断した。仇などと言う雑念を混ぜるな、くれぐれも慎重に戦いを進めろ……良いな?」

 誰もが神妙な面持ちで話に耳を傾けている為か、ムツミの小さな呟きもその場に居た皆の耳に届いた。

「リンドウさん……やっと、やっとあいつを……」

ムツミ、くれぐれも頭に血が上って先行し過ぎるな。……お前があいつを想う気持ちは嬉しいが、先程言った通り雑念は捨てろ。お前が死ぬことになるぞ」

「……はい」

 今すぐにでもあの黒いアラガミ――ディアウス・ピターと名付けられた黒いアラガミを倒したいのだがそんなのが独断で許される筈が無い。今回の対象はその前に遭遇した氷のようなアラガミ、プリティヴィ・マータを名付けられたアラガミだ。ムツミは悔しそうに服の端を握り締めると皆に続いて出撃ゲートを潜っていった。


◆◆◆


「コレで……どうだっ!!」

 ムツミは素早くプリティヴィ・マータの懐に潜り込んで強烈な一撃を脆くなった胴体に叩き込む。
 それが決め手となり、マータはか細く一鳴きするとズシンとその巨体を雪の積もった廃寺の地面に沈めさせた。

「………じゃあ、捕食して確かめますね」

 皆の顔を見、周りに確認を取ってからアリサは神機を捕食形態にし、捕食する予備動作に移ったが――

「違う」

 静かな、それでいてよく通ったムツミの一言が場を制した。
 アリサの神機とマータの間に手を差し込んで制し、アリサは捕食を中断せざるを得なくなってしまった。やむを得ずアリサは神機を元に戻す。
 何がどう違うのか、と問い掛けようとするよりも早くムツミが口を開いた。

「リンドウさんを喰ったのは、こいつじゃない。喰ったのは……」

 捕食を止めた理由……それはあの時あの場所で感じた、背中に氷水を流し込まれた様なゾクリとする悪寒が再びムツミを襲ったからだ。
 その悪寒の根源を探すと少し離れた崖の上に視線が向かう。そして皆が不思議そうにムツミを見つめる中――それは悠然と姿を現した。

「ディアウス・ピター……!!」

 心底憎々しげにそのアラガミの名をムツミは吐く。ピターの方もその視線に気付いたのか、ジッとムツミを見据える。ムツミはちゃんと言われた事を守り、爆発しそうな感情を堪えている。ピターの方も今回はあくまでも様子見なのだろうか、こちらを眺めるだけで一向に襲って来る気配が見当たらない。
 互いに硬直状態が続くが……先に動きを見せたのはピターの方だった。ジッと見据えていたムツミから視線を外すと今来た道を引き返して行く。

「絶対……倒してやるんだから……!!」

 ピターの消えた崖の向こうを見つめ、ムツミは神機を強く握り締めた。

 しかし――ムツミが願ったディアウス・ピターの討伐は意外にも早く叶う事となる。
数日後、エントランスに呼び出された第一部隊はツバキからある報告を受けることとなった。

「リンドウの腕輪信号がまた確認されたようだ。恐らく先日撃退したアラガミと似たタイプのモノだろう……前と同様、私情を捨てて冷静に任務をこなせ……良いな?」

 皆はしっかりと縦に頷く。それを見たツバキはフッと僅かに微笑をし、皆を送り出した。
 苦戦を強いられながらも奮闘し、なんとかディアウス・ピターを討伐する。その亡骸を前に、神妙な面持ちの第一部隊の面々は頷き合うと一斉に神機で捕食した。

「……アタリ、です……」

 ズルリ、と既に絶命したピターの体内から捕食されて出て来たのは、赤黒いチェーンソー型の神機――見間違えようの無い、リンドウの神機だった。

「こっちもだよ……間違い無い、これ……リンドウさんの……」

 ムツミも捕食を終えてみるとその手には傷だらけの腕輪が。それを見るなりムツミは膝から崩れ落ち、腕輪を抱き締めて項垂れる。

「……っ…リンドウさん…!! ちゃんと帰って来るって……言ってたじゃん! 私、絶対待ってるって言ったじゃん! なのにっ……なのに何で! 何でなの!?」

 ボロボロと、前髪で隠された瞳からは止め処なく涙が溢れ頬を伝う。

「リンドウさん……」

 その時の原因を作ってしまった事にやはり未だ責任を感じているのか、アリサもその場にへたり込む。

「……帰りましょう、ムツミさん」

 コウタは崩れ落ちたまま動かないムツミの腕を取って立たせようとするが、パシンと叩かれて拒まれてしまう。

「やだ!! だって、だってリンドウさんが……! リンドウさんが……!!」

「チッ、うざってぇ……」

 梃子でも動こうとしないムツミに痺れを切らせたソーマはグイッと強引に肩を引っ張って自分の方に体を向かせると、鳩尾に拳を叩き込む。
 そのままぐったりとして呆気なく意識を手放したムツミを荷物の様に担ぐと、ソーマはさっさと装甲車を停めている所へと戻って行った。


◆◆◆
 

「……つっ……此処、は……?」

 ソーマは相当力を込めたのだろう。帰投後に直ぐ病室へ送られ、今の今まで眠っていたムツミは痛む鳩尾を押さえながらゆっくりと上体を起こす。

ムツミさん、まだ痛みますか? ソーマってば、力いっぱいやったらしくって……」

 心配そうに顔を覗き込んで来るアリサに「大丈夫」と短く返したムツミはグルリと病室を見回してみる。よく見ると、サクヤとソーマ以外……リーダー・コウタ・アリサがムツミが起きるまでずっと居てくれたようだった。

「……少し、一人にして貰っても良いかな?」

「えっ? でも……」

「…………お願い」

 まだ起き上がったばかりの怪我人を放って置いて良いのだろうか。とリーダーはオロオロとしていたが、さっきの事もあると考えたのだろう。彼は二人の手を引っ張って病室を後にした。
 完全に扉が閉まったのを見て、ムツミはボスンと再びベッドへ横になる。

「……リンドウさん」

 まるで心の大部分をごっそり奪われてしまったかの様な喪失感がムツミを襲う。それだけ、リンドウの神機と腕輪がピターの体内から出て来た事のショックが大きい。
 腕輪と神機が見つからない分、まだ何処かで生きてるのかも知れないと言う希望があった。戦闘中に大怪我して何処かで手当されてるんじゃないかと、そう言う希望があった。
しかしそんな希望的観測も、それらがあのアラガミから出てきた時点で踏み躙られた。
 
(……仮に、今、私が死んだら、)

 ――あの世でリンドウさんに会えるだろうか。

 そこまで考えて、自分にこんな後ろ向きな考えは似合わないと首を振る。第一、そんな事をしたらリンドウさんに会わせる顔が無いなと、そんな結論に至ったからでもある。
 何せ第一部隊の掟三箇条は「死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ、運が良ければ不意を付いてぶっ殺せ」だ。死ぬなと言われているのに死んでどうする、とムツミは自嘲的な笑みを浮かべる。
 そのままの寝っ転がった体勢で考え事をしていたら自然と瞼が重くなってくる。色々疲れが溜まったからであろうか。

「リンドウさん……帰ってくるって、言ったじゃん……」

 瞼を静かに閉じる。
 その目の端からは引いた筈の涙が一筋、溢れた。