Curatio vulneris gravior vulnere saepe fuit
「ムツミさん、防衛班から応援要請がありましたので出撃お願いします!!」
「おっけー、今行く」
忙しなくキーボードを叩くヒバリに片手を上げて応じるとムツミは出撃ゲートを潜り、直ぐにタツミ達が今日防衛している地区へと急ぐ。
「タツミさん!!」
「おっ、来たか! 援護頼むぜ!」
「了解……!!」
ムツミは数体のオウガテイルとヴァジュラテイル、それとコンゴウを相手にしていたタツミ達の後方に立つと神機を銃形態にしてエネルギー弾を放つが――
「うぉっ!?」
「あっ……!? 悪い、ブレンダン!!」
「だ、大丈夫だ……」
アナグラの中でもトップクラスに入る程の精度を誇るムツミが、ブレンダンに誤射をしてしまった。戦闘中で口数の減ったムツミも流石に慌てて謝る。
「ちっ……今度こそは」
今度はエイムモードにしてちゃんと狙いを定め、撃つ。しかしこの弾も大きく軌道を外れ、近くの建物の壁を壊してしまった。
「くそっ……!!」
自棄になりOPが切れるまでひたすらにエネルギー弾を撃ち込む。しかしその銃弾はどれもオウガテイル達に当たる事は無かった。
「何で……何で当たらないの!?」
いきなり弾が一つも当たらなくなった不安と憤りから上擦った声でムツミは声を荒らげる。
「ムツミ、お前も前衛に入れ!!」
「……っ、分かりました」
この場の指揮を任されているタツミにそう言われては仕方無い。ムツミは剣形態に転換するとカノンに襲い掛かろうとしていたヴァジュラテイルの首をすっ跳ねた。
「あっ、有り難う御座います!」
「うん!」
ムツミはカノンへの返事もそこそこに自分に狙いを付け始めているコンゴウに神機の切っ先を向ける。そして風のエネルギー弾が発射された時に出来る隙を見計らい、コンゴウの懐に潜り込んで真横に神機を凪いだ。
相当ダメージを負っていたのだろう、苦しそうに息を吐いて地面に伏すコンゴウを見てムツミは声を張り上げる。
「ブレンダン、トドメ!!」
「了解した! はぁあああああ……!」
と重い音がブレンダンの神機から聞こえる。もしかしなくても、チャージクラッシュの溜めをしているのだろう。
「はぁっ!!」
ズバン! と一際気持ちの良い音を立てて振り下ろされたブレンダンの神機は狂い無くコンゴウの身体に当たり、そしてコンゴウは絶命した。
「皆、ラストスパートだ! 気を抜くなよ!」
残りは数の少なくなったオウガテイルだけだ。故に残ったオウガテイル達を殲滅するのに対して時間は掛からなかった。
「お前、調子悪そうだったけど……どうかしたのか?」
ヒバリに報告をしてウキウキとした様子のタツミは沈んだ表情のムツミに気付いて顔を覗き込む。
「あー……いや、何か調子悪くって。病室で一日ゴロゴロと寝て感覚狂っちゃったのかなー? 帰ったら演習でもやってみようかな!」
手の握ったり開いたりを繰り返しながら、ムツミは自嘲気味に言う。
たかが一日休んだだけであそこまで見事に弾道が外れるとは思えない。あれはもう『可笑しい』領域だ。しかしそれをタツミが口にした所で「タツミさんの杞憂だよ」とムツミに言われるのが目に見えている。
「……まぁ、あれだ。出来る範囲で俺もお前のサポートすっから、何かあったら何時でも呼べよ!……あ、何時でもって言っても俺がヒバリちゃんを口説いてる時以外にな」
タツミの月並みの言葉と、とってつけた一言にムツミはくすりと笑みを零した。
「――……って訳で、演習してみたものの……」
帰投するなり訓練室に篭もり、ベベーッと機械から吐き出された今の演習の結果用紙に目を通し、深く溜め息を吐く。こんな悲惨な結果、神機を初めて握った時以下だ。
その後も何度かめげずに演習を繰り返してみたが結果は変わらず悲惨な数字が並ぶばかり。これ以上繰り返しても同じ様な結果しかないだろうと考えたムツミは一度深呼吸をして床に座り込む。
「……何だかなー……」
真っ白な高い天井を見上げては何故こんな事になったのかと思案してみる。ムツミの頭の中で弾き出された結論は――
(……リンドウさんの神機と腕輪が発見されてから、かなー……)
此処は数あるフェンリルの支部の中でも最前線、死に往く者があれば来る者がいる。そんなのが当たり前の場所なのだ。ムツミだって誰かの死を目の当たりにする事自体初めてでは無い、寧ろ数え切れない程見てきた。
それが当たり前、だから誰かが死ぬ度にいちいち悲しんでいたら身が持たない。そう頭の中で割り切っていても心が追い付いて来ないのが現状だ。
何故いきなり弾道が外れだしたのかの理由は分かった。しかしそれを克服する手立てが見付からない。
「……はぁ」
演習の疲れを見せる重い溜め息を吐き出すと、ムツミはのそのそと神機をケースに仕舞い、次の出撃に備えて寝ようと考えて自室に戻って行った。
前衛だけで動く任務へ行っては演習をし、演習をしては寝て、寝ては任務に向かい……そんなローテーションの日々が何日か続いた頃。ムツミを捜してバタバタと慌ただしく演習場にやって来たアリサの話に目を丸くする事になる。
「はぁっ!? シオが居なくなった!?」
「ムツミさん、しーっ!!」
「もがっ」
うっかりシオの名前を出してしまったムツミの口を素早くアリサは手で塞ぐ。幸いにも近くに人は居らず聞かれた様子は無い。
アリサの手を外し、ムツミは声を潜める。
「……で、どーゆー事なの」
「いや……詳しくは私も分からないんですが……シオちゃん、急に様子がおかしくなったと思ったら海に飛び込んじゃって」
広い演習場で女性二人がしゃがんで額を突き合わせ、ボソボソと話し合う姿は端から見れば酷く不思議な光景だろう。
「一応、事情の知るソーマや私達でシオちゃんの飛び込んだ場所……エイジス島近辺の捜索はしているんですが……」
「……手掛かり無し、って訳かー」
「はい……。なので、ムツミさんにも捜索を手伝って貰おうと思って……」
確かにムツミもシオを知る数少ない人物だ、本来なら直ぐにでも捜索に乗り出すが……今はそうは行かない。ムツミは傍らに置かれた神機をそっとなぞりながら語り出した。
「私も手伝う、……って言えたら良いんだけどさ、知ってるでしょ? 最近、射撃の精度が右肩下がりなの。だから……私が行っても足引っ張っちゃうだけ、もしかしたらそれが原因で支部長に感づかれるかも知れない。だから私は……行けない」
「ムツミさん……」
こ れ以上何を言っても首を縦に振る事は無いと感じたのだろう。アリサは立ち上がりムツミに一礼するとそれ以上は何も言わず、演習場を立ち去った。
「……ナギサお兄ちゃん」
置いたままだった神機を掴んで引き寄せるとギュッと抱き締める。不意に口をついた言葉は今は亡き兄の名前。
そしてふと、亡くなる寸前に自分に遺した言葉が脳裏に過ぎった。
「『ゴッドイーターになったら辛くって苦しい事が沢山あると思う。だけど、だからと言って過去の甘い思い出ばっかに縋ってちゃ未来は見えない。だから前だけを見据えてしっかり歩いてけ』……か」
正にその通りだと思う。この仕事を続けていて良かったと思える事は数える事が出来るのにつらかった事は両手両足を使っても全然足りない。
「……何時までもズルズル引き摺ってちゃ、駄目だよね」
急には無理かも知れない。だけどゆっくりで良い、ゆっくり時間を掛けて悲しみを乗り越えて行けば良いんだ。
そう考えた瞬間、ぽっかりと空いた心の中の大きな隙間に今の言葉がストンと収まった気がした。
「……いやいや、まさかねー」
少し気分が落ち着いただけだし、やっぱりまだ撃っても外れるでしょ。だけどもしかして……と半信半疑で抱き締めていた神機をケースから出して構え、演習の開始ボタンを押してやってみる。
全弾撃ち終え、ベベーッと吐き出された用紙には――
「……嘘……」
以前と何ら変わりのない、高得点を示す値が書かれていた。
「お兄ちゃんのお陰、なのかな……」
今度のお墓参りの時、うんとお礼しなきゃな。そうムツミは一人微笑みながら、シオの捜索に加わる旨を皆に伝えようとエントランスへ駆け出した。
「いやー……私の調子も戻ったし、シオがちょっと様子がおかしいけど無事に帰って来て何より!何よりなんだけどー……」
じろりとリーダーの自室内を見回し、ムツミは頭を抱える。
先日に比べて、明らかに人口密度の低くなった第一部隊のこの現状に。
「……なーんでサクヤとアリサがエイジスに行ってお尋ね者になっちゃってんのよー!」
「うるせぇ」
ゲシッとソーマに蹴られたムツミはぶつくさと文句言いながらソファーに座る。そしてターミナルの画面の向こう側に居るサクヤに「話続けてー」と促した。
《――以上が、エイジス計画とアーク計画の全容。そしてそこにあると思うけど……『箱舟』に乗る事が出来るメンバーのリストよ。此処にいる私達全員の名前も記載されているわ。加えて、収容者から二等親以内の親族の収容も認められている……》
「まぁ、私とアリサはエイジスに忍び込んだ事でリストから外されちゃったけど」と茶目っ気たっぷりにサクヤは付け足すが、結構一大事な事だ。
《それでもこのまま行けば貴方達は『救われる』って訳、逆に私達は極東支部からもお尋ね者にされちゃってるでしょうね》
ムツミは自分の名がリストアップされている紙を一瞥した。
「残念だけど私パス、乗らない。……この計画のせいで兄さんは死んだんだもん。だから私は最後まで此処でアラガミを喰らい続けるよ」
《ムツミのお兄さん……?》
通信機の向こうから訝しげな声が飛んでくる。そう言えば話してなかってっけか。
「兄さんはアーク計画を知ったから口封じに殺されたんだよ、支部長に。んで死ぬ直前にアーク計画に関する未完成のデータをリンドウさんに渡したって訳。だからデータに残された見取り図を使って何時かはアーク計画の全容を暴いてやるって機会を窺ってたんだけど……サクヤ達に先越されちゃった」
ムツミは大袈裟に肩を竦めてみせる。
「エイジス計画が……嘘? ……そんな、そんな事って……」
少しの沈黙の後、今度はコウタが重々しく口を開く。エイジス計画が仮初めの計画だと知って少なからずショックを受けたのだろう、声が震えている。
「……俺は元からあの男に従う気は無い。それに、お前らと違って俺の身体は半分アラガミだ。そんな奴が次の世代に生き残れると思うか……?」
「それでも支部長は、ソーマもリストアップしてるけど?」
「……知った事か」
机の上にぶちまけられているリストを指差してムツミは言うがソーマはそれを鼻で笑う。
《改めて言っておくけど、私はこの船を認めるつもりはないの》
《えぇ、私達は支部長の凶行を止めなければならない。取り敢えずは身を隠してエイジスへの再侵入方法を探すつもりです》
サクヤの後ろからひょっこりと顔を出したアリサもサクヤに続く。
《伝えておきたかった事はそれだけ、どうするかは貴方達が自分で決めてね。……その結果、私達の敵に回ったとしても恨まないから安心して》
《邪魔する様なら、全力で排除しますけどね》
「アリサ……」
ムツミが呆れつつもアリサを窘めればしれっとした表情で「冗談ですよ」と悪びれた様子の無い答えが。
《……それじゃ、もう切るわ。後悔の無い様に、しっかり考えなさい》
ピッと単調な音と共に画面はブラックアウトし、通信が終了した。
部屋が静かになり、コウタが俯きながら口を開く。
「……悪い……俺は、アーク計画に乗るよ」
リーダーは咄嗟に何故、と問い質しそうになったがその理由が分かるとハッとして口を噤む。コウタは顔を上げて彼を見た。
「勿論それがどう言う事かってのも分かってる。でもエイジス計画が無くなっちまった以上、母さん達を確実に守る方法は無い。俺はどんな事をしても家族を……母さんと妹を守るって決めたんだ。ゴッドイーターになったのもその為なんだ……だから俺、アーク計画に乗るよ」
すっかり沈んでしまったコウタはそれだけ言うと部屋を後にする。
どうしよう、と言いたげな表情で見てくる少年にムツミが頬を掻く。
「私に聞かれてもなー……」
これだけは本人の意志なのだから、とは言えなかった。