Dirigo

「失礼します。第一部隊所属、羽佐間ムツミ。出頭致しました」

 プシュッと扉が開くとムツミはコツコツとブーツの音を響かせながら支部長の前に立つ。
 ムツミは支部長に呼び出されたのだが、何もコレはムツミに限って呼び出された訳ではない。此処で働く主要の人達はこうやって呼び出されたと聞く。現に先程、自分よりも早く呼び出されたカノンと廊下で擦れ違っていた。
 そんなムツミを、支部長は薄く笑みを浮かべて出迎えた。

「やぁ、よく来たね。君や先人達のお陰で計画は最終段階に入りつつある。先ずはその礼を言いたくてね」

「…………」

「どの口が言うか、と言った顔だな」

「えぇ。正しくその通りですよ」

 支部長が口角を上げて微笑を浮かべるとムツミも笑みを見せる。しかしそれは何時もの笑顔ではなく、愛想笑いのような貼り付けたような笑顔だった。

「サクヤ君達から連絡位来ているのだろう? 彼女達が指名手配となっているこの状況での君達の心中は察するよ。未だ私が此処アナグラでのうのうとしている事も理解し難いだろう」

 と、そこで支部長は壁に掛けられている絵画に目を向ける。大荒れした海に座礁した船、その手前に一枚の板が波間に浮かんでいると言う構図の絵だ。

「……言い訳はしない。今すぐ此処で刃を交わす事を望むのなら、それにも応じよう」

 しかし、と前置きをする。

「理解してほしい。アーク計画こそが、真の地球再生と人類の保存を両立させる唯一の方法なのだ」

「……よくリンドウさんと兄さんを消しといてそんな戯れ言吐けますね」

 嫌悪感を隠すことなくムツミは支部長を真っ正面から睨む。

「……彼らは早すぎたのだよ、まだ『特異点』が発見されていない段階でアーク計画を知られると困ったからね」

「だから通常任務に見せ掛けた無謀な任務をやらせて殺したと?」

 返事は無い。しかし無言を肯定だと受け取ると更にムツミは話を続ける。

「……言っておきますが私は『箱舟』には乗りません。だって兄は死ぬ間際までアラガミを倒していたんですから。私も終末捕食のその瞬間まで、この世界に蔓延る荒ぶる神々を喰らい続けます」

「それが君の答えか?」

「はい。では退室させて頂き……あぁそれと、」

 退出間際、ムツミはポンと手を打って何かを思い出した風な様子をとるとクルリと振り返る。

「――あまり飼い犬を舐めていると、喉笛を噛み千切られるかも知れませんよ?」

 「それではー」と明るい声色で話を締め括るとムツミは踵を返して部屋を出て行った。

「……全く、君達兄妹は……」

 扉が閉められ、彼一人しかいなくなった支部長室。
 そこに、小さく喉で笑う声が響いた。


◆◆◆


「――って訳で支部長に喧嘩売った!!」

《何やってるのよ貴方は……》

 ムツミの自信満々な報告に、呆れた溜息が画面の向こうに居るサクヤから聞こえる。

「だから近い内にエイジス島に乗り込んで暴れるかもー」

《貴方…っ! ……そんな事したらせっかくの『箱舟』に乗れなくなるのよ?》

「いや、乗る気とか全っ然無いよ?」

 声を荒らげるサクヤとは対照的に、至極あっけらかんとした様子でムツミは答える。

「さっきも言ったけど私は死ぬまでゴッドイーターだもん。だから乗らない」

《全く、呆れた子ね……》

 また溜息が聞こえてくるがそれは口で言った呆れた物では無く、どちらかと言えば妹の行動を微笑ましく思う姉の気持ちの様な物で。

《……じゃあ、もう切るわね。ムツミ、気をつけて》

「はいはーい。じゃあねサクヤ」

 プツッと短絡的な音がし、画面が真っ暗になってターミナルの接続が完全に切れた事を確認するとムツミはベッドに仰向けに寝転がる。

「……止めてみせる。絶対に」


◆◆◆


 カタカタと榊の指がキーボードを叩く音だけが支配するラボ内。今やたったの三人になってしまった第一部隊のソーマ・ムツミ・リーダーは壁に寄りかかったりソファーに腰掛けたりして無為に時間を潰していく。
 ラボに集まった理由はシオが心配だからと言うのも一理あるが、ムツミ達にはもう一つある。

「……箱舟に乗るか乗らないかで内部分裂、ですか……」

「お陰で私、単独で連続任務なんてもう当たり前だよ……はぁー……」

 『箱舟』賛成派が既にアナグラを去ってしまい、その穴の埋め合わせとして休む間も無く任務に駆り出されているからだ。
 お陰で新型旧型、遠距離式近距離式関係無く単独で一日に何度も何度も任務に駆り出されていて、正直『箱舟』反対派の疲労はピークに達している。その為ムツミ達はその疲労を少しでも取る為にこうしてラボでぐったりと休んでいた。

「おや? お目覚めだね」

「……ん?」

 いきなり跳ね起きたシオにムツミ達はビックリするも、微動だにしなかった榊はキーボードを叩く手を止めるとシオの所まで行き、しゃがんで同じ目線の高さになる。

「フ……今の君は『シオ』かい? それとも……星を喰らい尽くす『神』なのかい?」

「……ほしは」

 ぼんやりとしながらシオは言う。

「……おいしいのかな?」

「……さあな。こんな腐りきった地球なんか喰う奴の気が知れないぜ」

「そっか!」

 パッと笑顔と言う名の花が咲いたと思うと直ぐにシオは思案顔になったのだが―――

「でもなんでかな? たまに、きゅうに、タベタイー! って……」

 急に淡くシオの体が青く発光し、苦しみ出す。

「あーーっ!! ご飯なら其処に置いてあるからねーー!!」

「ソーマソーマ! はいパス!!」

「あっ、あぁ……」

「……おぉ、はかせ、いいやつだな」

 ムツミは机の上に置かれていたバケツ入りのアラガミ素材を素早くソーマに投げ渡し、ソーマはそれをシオの前に置く。するとシオは食事に意識が向いたのか、すぅっと発光が止まった。

「……おい、一体何時までこの状態が続くんだ」

 ぼそりと、それでいてシオを除くムツミ達にだけ聞こえる声量でソーマは問う。それに対し榊は自身の顎に手を当て考え込む素振りを見せた。

「うーん、せっかく人らしさが出てきた所だったのにアレ以来一気に不安定になってしまったね……彼女の中で二つの心が対立し合っているのかも知れない。一つは人としての心、そしてもう一つは――」

「『特異点』だろ」

 間髪入れないソーマの返答に榊も頷く。

ムツミ君は支部長の特務もこなしていたから気付いているよね?」

「……も、勿論だよ」

「まだ『何となく』の状態だった」とは言えない状況になったムツミは取り敢えずの形として賛同しておいた。

「彼女のコアは『特異点』と呼ばれ、終末捕食の発動には不可欠の要素だ。もう分かっていると思うけど、私はまだ彼にそれを渡したくはない。私は私で、彼女に感じているもう一つの可能性を試してみたいと思ってるんだ」

「可能性、か……」

「おい博士」

 今まで俯かせていた顔を上げ、フードの隙間から榊を睥睨するとソーマは話を続ける。

「アンタらがそれぞれ何を考えてるか知らねぇが、俺はアンタの側についたなんて思っちゃいねぇ。俺やアイツを玩具にする様ならどっちも一緒だ」

「フフッ、心配しないで良いよ。『私は』彼女に何もしちゃいない。こうして皆と一緒に居てもらえさえすればそれで良いんだよ」

 ソーマの心配を余所に榊はニッと口角を上げてみせると、狐目なのが相俟って満面の笑みを浮かべた様にも見える。

「そう、それがいずれは……」

 と、その時。何の前触れもなくラボ全体が停電し辺りが闇に包まれる。すぐにまた送電されるだろうと皆は特に驚いたりせずに待っていると、暫くもしない内に明かりが点くが――その直後、けたたましくレッドアラートが鳴り響く。

「なっ、何いきなり……!」

「……分からない、だけど心配無い。もう直ぐ中央管理の補助電源が復旧する筈……あぁあああ!!」

いき なり仰け反って奇声を上げた榊にムツミ達は一様にビクッとし、更にそれを見計らったかの様にスピーカーから聞き慣れた支部長の声が聞こえてきた。

《やはりそこか、博士……!》

「ぐわあああ! しまったぁああ~~……!」

「な、ど……どうしたんだ」

「やられたよ、言っただろ? この緊急時の補助電源だけは『中央管理』なんだ。この部屋の情報セキュリティもごっそり持って行かれてしまう」

「って事はー……もしかして、もしかしなくても……」

「……親父の野郎に……!」

「ああ、バレてしまったね」

 見事に三人で一つの文を完成させ、至った結論に榊は静かに頷いた。

《『特異点』を渡さないのであれば、それなりの対応をこちらも取らねばならないのだが……さぁ、どうする?》

「……ムツミ君」

「…………はい。シオ、おいで」

 たった一言で榊が何を言いたいのかはこの状況を見れば誰にだって分かる。ムツミはシオを手招きすると手を引っ張ってラボを出て行く。
 その光景を、残されたソーマと榊は黙って見送るしか出来なかった。
 暫くしてムツミがラボに戻ってくると、彼女は真面目は顔でとんでもない事を切り出す。

「……こうなったら、乗り込むよ」

 首を捻り、ソーマは重ねて聞いた。

「乗り込むって……おい、まさかエイジスにか?」

 ムツミにんまりと笑みを浮かべてみせる。

「そのまさかだよまさか。……シオが連れて行かれたって事は、支部長はもうアーク計画を発動させる気満々って事じゃん。だから止めるの、絶対に」

「潜入ルートはどうする」

「そっちも心配要らないよー。さて二人共、準備したら乗り込むよ!」

 急いで支度してエントランスで合流しようと言う事になり、ムツミ達は一旦自室に向かおうとする。すると廊下の先から見知った人物が、ゆっくりとこちらへ向かって来ている事に気付いた。

「シオが連れて行かれたのね……」

「サ、サクヤ!?」

「お前ら! 勝手に縁を切ったんじゃなかったのかよ」

 現在進行形で指名手配され、逃亡中の彼女達の登場に三人共驚きを隠せない。するとアリサが何時もの様に肩に掛かる髪を払いのけながら答える。

「どうせ貴方達だけじゃ心細いだろうと思って戻ったんですよ」

 今からエイジスに乗り込むと言う重要な場面で助けになってくれるのは素直に嬉しい。やはり人数が多ければ多い程計画を止められる確率も上がるだろう。

「……実は、エイジスへの再進入の方法を探っていたんだけどね、アーク計画の発動を前に外周は完全にシャットアウトされてて……正直、打つ手無しなの」

 それなら大丈夫、とムツミが口を開き掛けたその時。サクヤ達の更に後方から彼にしては覇気の無い控えめな声が届く。

「きっと……アナグラの地下に……エイジスへの道はあるよ」

「コウタ……!? えっ、だって……アーク計画に乗ったって……」

 『箱舟』賛成派はとっくにアナグラから去っている筈だ。しかし現にコウタは戻って来てくれた。その事実にムツミは笑みを浮かべる。

「あ、いや……兎に角。戻って来てくれて、ありがとう」

 何だかんだで第一部隊全員が集まった所で「はいはーい!」とムツミは注目を集める。

「アナグラの地下って事は……進入出来る道は一つ! 私が道案内するから行こう!!」

 意気揚々とムツミが先導を切ってエレベーターを降り、アナグラの地下に行ったのだが――

「うそー!? 何で開かないのさ!!」

 幾らパネルを操作してもエイジスに繋がってるエレベーターを開く扉は開かない。もういっそ壊して入ろうかと誰かが物騒な事を考え始めた時、あの聞くだけで背筋が伸びるヒールの音がした。全員がアナグラに通じるエレベーターの方を見やる。

「……結局、全員集結した様だな」

「ツバキさん……!」

「心配するな、誰もお前達を捕らえたりはしない。この通り、アナグラも箱舟騒動でメチャクチャだ……箱舟賛成派はとっくに行ってしまったよ」

「では教官は……」

 はっとしたムツミが何か言い掛ける。しかしそれに気が付かなかったのかはたまた敢えて遮ったのか、ツバキは「あぁ、」と口を開く。

「弟と馬鹿な同僚の不始末は……私が片を付けねばな。……それにしてもコウタ、どうして此処がエイジスへの道だと気付いた?」

「……扉を見つけたのは地下の旧居住区予定地を見たくては忍び込んだ時です。……ホントは確証があった訳じゃないんだけど、博士がアナグラのプラントのリソースがエイジス建設に使われてるって講義で言ってたから、きっとその輸送路が地下にある筈だって思って……」

 つらつらとコウタから紡がれる話に誰もが意外そうな表情をする。

「講義では寝てばかりいると聞いていたが、意外とそうでもなかった様だな。……ムツミ、お前は何故だ?」

「私は……コレです」

 ムツミは回復錠やトラップを終っておくポーチから小さく畳まれた紙を取り出すと皆に見せるべく広げてみせた。アリサが覗き込む。

「何かの設計図……ですか?」

「そう、アナグラとエイジス島の設計図と……兄さんが見つけた進入経路の図。アナグラの地下から行ける経路は此処だけだから乗り込むなら此処かなって思って」

「ナギサの奴が……そうか…全く、相変わらず変な所で真面目にやるんだな…」

 ツバキにしては珍しく、昔を懐かしむ様な柔らかい笑みをほんの一瞬だけ浮かべる。それは本当に一瞬で、次見た時は何時もの堅い表情に戻っていた。

「解除キーなら私が持っている、エイジスに行きたければ十分に準備してからにしろ。それと……お前らに言っておく」

 その場に居る全員の顔を見、ツバキは口を開く。

「……有り難う」

「……やだなぁツバキ教官。お礼を言うのには少し早いですって!ねっ、リーダー?」

 そう言って何時もの屈託の無い笑みでウィンクをするムツミ。そして言葉のバトンを渡されたムツミが宣言する。

「フェンリル極東支部第一部隊。……何としても支部長の野望を食い止めるよ!」