Hodie mihi, cras tibi
突如出現したアラガミ『アルダノーヴァ』の急襲により、旧日本近海に建設中だったエイジス島は半壊……同日、エイジス計画を強力に推進していた当時の極東支部支部長 ヨハネス・フォン・シックザールがエイジスの崩落事故により死亡……。
フェンリル本部によるそんな『公式見解』と共に、アーク計画は粛々と闇に葬られた。
多くの犠牲が生み出した痛みと孤独は癒される事の無いまま、再び始まる日常に塗り重ねられようとしていた――
フェンリル本部によるそんな『公式見解』と共に、アーク計画は粛々と闇に葬られた。
多くの犠牲が生み出した痛みと孤独は癒される事の無いまま、再び始まる日常に塗り重ねられようとしていた――
「お疲れ様、リーダー」
昼過ぎの会議室に疲れの混じった声が響く。仕上がったばかりの報告書の束を机の隅に追いやると広くなった卓上にリーダーは倒れ込み、近くで別の作業をしていたムツミは缶ジュースを彼の前に置いた。その間際にチラリと報告書を見、
「……ああ、エイジス島のヤツかー……最近、新種のアラガミが発見されたとか言って忙しかったもんねー」
一瞬、ムツミの表情が曇る。けれど直ぐに表情を戻すと自身の分の缶ジュースの蓋を開けて飲みだした。
――あの事件からもう三ヶ月、されど三ヶ月。色々な事があって身の回りの変化はあれど根本的な部分では何も変わっていない。事実、今まさにこの時でもアラガミは我が物顔で世界中を闊歩しているのだから。
顔をあげて卓上に置かれている時計で時間を確認したリーダーは上体を起こし、椅子から立ち上がる。そろそろ次の任務へ向かう時間だ。同じく時間を確認したムツミは大仰な動作で頭を抱えた。
「もうそんな時間!? うわー私まだ昨日の任務の報告書終わってないよー! ツバキ教官に怒られるーっ!!」
時間はたくさんあった筈だ、なのに報告書が終わっていないというのはどういう事なのだろうか。リーダーは怪訝そうな顔でムツミを見やる。
「へ? あー、実はね……」
待ってましたと言わんばかりにムツミはにんまりと笑ってしゃがむと、足元に置いていた神機を収納するケースを自慢気にポンポンと叩いて蓋を開け、中に鎮座しているものを自慢げに見せた。
「じゃっじゃーん! 私の神機を限界まで強化しましたーー!」
芝居掛かった口調と身振りのムツミをリーダーは華麗にスルーをすると、しょぼくれた様子でムツミはケースの蓋を閉じた。リーダーは相手にされなくて唇を尖らせるムツミの首根っこを引っ張って出撃ゲートへと向かう。
「何だっけ、新種アラガミの討伐だっけ?」
エントランスの所まで来て漸く解放されたムツミはターミナルをいじりながら今日の任務内容を思い出す。するとヒバリと何か話し合っていたリッカが二人に気づいたらしく、階段を登って此方に近寄って来た。
「……あ、居た居た」
任務内容が書かれた書類に目を落としていたリーダーが顔を上げリッカを見やる。その声が気になったムツミも一旦ターミナルの操作を止めて首を動かし、リッカを見た。
「リッカさん、どうかしたんですか?」
「うん、ちょっと……君達の神機の事でさ」
「私とリーダーの?」
自分の神機を言えばつい昨日強化したばかりだ。試し撃ちや軽い立ち回りを行ったが特に異常も感じられなかった。だから彼は兎も角ムツミまで神機の事で話しかけられる理由が思い浮かばず、ムツミは首を傾げたがリッカはそうだと言わんばかりに頷く。
「うん。……ムツミさんは昨日言い忘れたけど今日の任務が終わったら点検。んでリーダーの方は……」
少し言い辛そうに頬を掻いたリッカはいよいよそれを切り出した。
「……最近、君の可変部分の部品の磨耗が酷いんだ。一応『応急処置』はしておいたけど……今回の任務が終わったら直ぐ点検するから、任務中に違和感があったら直ぐに引いてね?」
そう言われると確かに最近転換時にやたらもたつく時があった。それも摩耗のせいなのだろう。了承すれば少し安堵したような表情をリッカは浮かべ、軽く片手を振る。
「じゃ、行ってらっしゃい」
リッカに見送られながら、準備の整った二人は出撃ゲートを潜った。
◆◆◆
ザリ、と誰かが力強く砂を踏む音がする。いや、その音しか聞こえない。嘆きの平原特有の風音が全くしない――それ程までに周りに注意をしていると言う事だ。
痛い程の沈黙が周りを制したその瞬間。互いが互いの背を守る形で警戒態勢だった第一部隊の面々は一斉に地面を蹴ってバラバラと散る。そして平原の中心部から姿を現したアラガミを取り囲むようにして攻撃態勢を取った。
現れたアラガミは二足歩行を可能にした白い大蜥蜴と形容すべきか。その右手には手甲のような部位があり、現れた大蜥蜴のアラガミはムツミ達の姿を認めると威嚇するように低く唸り、唸り声と共に火の粉が口からチロチロと溢れる。
『……全体的に滑らかな形の身体、これは移動速度に秀でたモノだと思う。次に籠手らしき物。あれで易易と大きい建物を粉砕したって報告があるから……特にソーマ、攻撃を仕掛ける時は注意して。……最後に――』
イヤホン型の通信機越しからスラスラと淀みないムツミの声がする。報告書に添付されていた写真や報告内容と現状を照らし合わせて早速攻略策を練り始める辺り、一応はベテランなのだなと皆は再認識させられる。
『――背中のアレ。アレはなるべく壊さないようにコウタとアリサ、リーダー注意ね』
あの背中部分の突起が壊された時、それは逆鱗に触れた龍の如く高熱のエネルギーが噴出されアラガミが飛行形態をとるとか。ならば空を飛ばれると厄介だ。出来れば『逆鱗』に触れず他の部位だけを破壊してコアを持ち帰りたい。
『最優先はコアの回収だ、ヘマすんじゃねぇぞ』
ニカッと笑い、コウタは通信を飛ばす。
『分かってるって! ソーマの方こそミスってアイツの餌食になんなよなー?』
『余計なお世話だ……』
すっかりお馴染みとなりつつあるコウタとソーマの遣り取りに若干第一部隊の空気がほっこりと和らぐも、それもアラガミの咆哮でかき消されてしまった。
フン、と鼻を鳴らしてソーマはアラガミへ突っ込んで行く。その背を追うようにムツミとリーダーが地を駆け、コウタとアリサの神機から何発もオラクル弾が立て続けに発射される。
そしてソーマのイーブルワンとアラガミの右手が同時に相手を狙って振り下ろされ、激突した。