Per angusta ad augusta

「……レアものだな」

 倒したばかりのアラガミから捕食形態の神機を抜き取り、そこから吐き出さされた鈍く輝くコアを手のひらの上で転がしながら、やや満足そうな表情でソーマは神機の形態を戻す。

「いやあー、強敵だったねー……でもまぁ、初めての相手にしちゃあ上出来っしょ!」

「余計な事してないで、さっさと帰還しますよ」

「同感だ……」

 しゃがみ込み、既に息絶えたアラガミを神機の銃口部分でツンツンとつつくコウタに呆れたアリサとソーマはさっさと踵を返して帰投場所へ向かう。

「リーダー、神機の調子はー?」

 その後を追う形で自身の神機を色々な角度から眺めるリーダーとそれを覗き込むムツミが続く。
 そこで自分だけが取り残されてしまったと気づき、コウタは慌てて立ち上がる。

「ちょっと待ってよー! せっかくの新種なんだしさー」

 バタバタと慌ただしく皆の後をついて行く――が、コウタが駆け出したその時。ゆらり、と死んだ筈だったアラガミの身体が宙に浮き炎を纏う。その異常事態に誰も気づかない様子だが、チリ、と首筋の産毛が焼けるような違和感にムツミは振り向く。そして異常事態を目にしたムツミは咆哮を上げんと大きく息を吸い込むアラガミの様子に気付いて咄嗟に声を張り上げた。

「……ばっ、コウタ! 後ろ!!」

「何っ……!?」

 生命活動終えたアラガミが再び動き出すだなんて前代未聞だ、と言うより聞いた事も見た事も無い。もしかしなくても今回が初めての例だろう。故にムツミの注意の声で振り向いたソーマ達の動きが一瞬遅れてしまった。
 ほんの些細な遅れだが、アラガミとの距離が近いコウタを守る為には致命的なまでに遅い数秒。

「コウタ!?」

 ムツミが叫ぶ。しかし辛うじてリーダーだけは直ぐに反応する事が出来た。少年は盾を展開しながら走り出して力強く地面を蹴ると高く跳躍。コウタの前に躍り出、直ぐ様シールドを展開する。
 その直後、アラガミの右腕がシールド目掛けて振り下ろされた。少年は顔を顰め、踏ん張る両足に更に力を込める。けれどシールドからするミシミシと嫌な音はアラガミの攻撃が強くなるにつれて大きくなり、最悪のその時は来た。
 ビキ、と神機からとてつもなく嫌な音がしたと思った次の瞬間。アラガミの攻撃に耐えられなくなったシールドは少年ごと吹っ飛ばされた。
 地面を数回バウンドして転がり、漸く止まるとリーダーは神機を握ったままぴくりとも動かない。

「リーダー!?」

 アリサが少年に駆け寄り抱き起こすが、本人は吹っ飛ばされた時に打ち所が悪かったのか、気を失ってぐったりとしている。依然と咆哮を上げるアラガミにソーマは悪態を隠そうともせず舌を打った。

「どういう事だ……コアは確かに摘出した筈だ……!!」

「考えるのは後! 負傷者が出てる以上、一旦撤退するよ! アリサ、リーダーの神機を! コウタはアリサのフォロー! ソーマはスタングレネード構えて、私の合図で投げて!!」

「う、うっす!」

「了解です!」

「タイミング間違えんなよ……!」

 コウタが少年を担ぎ上げ、アリサが接続しない状態でリーダーの神機を担いだ。 ムツミとソーマはスタングレネードを取り出して退路を確保する体勢になる。

「全員撤退! 急ぐよ! せぇ、のっ!!」

 同じタイミングでスタングレネードを投げ、平原は束の間、真白の閃光で支配された。


◆◆◆



 何か柔らかいところに寝かされている。アリサ達は上手くあの未知のアラガミから無事逃げられたのだろうか、と考えながら少年は目を開ける。ぼんやりとした視界に入ってきたのは見慣れた白い天井と――

「……あ、……良かった……気がついたんですね!」

 今にも泣きそうなのに、それをグッと堪えて笑顔を浮かべるアリサの姿が目に入ってきた。
 上体を起こすと背中や関節が痛い。コウタを守る為に無我夢中で前に飛び出し、挙句吹っ飛ばされて地面に叩きつけられたのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。その時に擦りむいたのか、足や腕に包帯が巻かれていた。

「……ん、フン……生きてたか……」

「そこは素直に大丈夫か? とか聞きなってばー」

「……どうでもいいだろ」

 アリサの正面、つまり少年を挟んだ向かい側にはムツミが居て、医務室の扉付近に立っているソーマにカラカラと笑っている。ムツミは少年の様子を見、またニコニコと笑う。

「その様子じゃ大丈夫そうだよね。良かったー!」

「部下の為に体を張るのは良いが……前のリーダーの二の舞だけは止めろよ?」

 それだけ言うとソーマはさっさと医務室を後にした。あのソーマが他人を気遣うようになるとは、とムツミはヒュウと口笛を吹いたが、コウタの大イビキでかき消されてしまった。

「ホントに……無事で良かった……」

 アリサが安堵の表情を浮かべた時、せっかくの雰囲気をコウタのイビキがまた邪魔をする。アリサは「ちょっと待っててください」とリーダーに一つ断りを入れると腕を振りかぶり、一気に下ろすとスパンととコウタの頭を引っぱたいた。小気味の良い音にムツミと少年がポカンとその光景を見ていると、流石にコウタが跳ね起きる。一体自分の身に何が起こったのかと数秒は叩かれた箇所を押さえてきょろきょろとしていたが、起きた彼を見ると直ぐに破顔した。

「あ、目が覚めたんだ! 良かったぁ……」

 けれどコウタは申し訳なさそうに眉を下げると両手を合わせ、少年に向かって頭を下げる。

「ほんっとゴメン! 俺の不注意のせいで……神機、壊れちゃったんだろう?」

 まさかの単語にリーダーは面を食らった様子だ。
 コウタの説明にアリサが補足をする。

「あ、そうなんですよ……。あのアラガミの一撃でコアの制御機構に不具合が出たらしくって……メンテナンスには暫く時間が掛かるそうです。おまけに、ムツミさんの神機も帰投するなりリッカさんにメンテナンスするからと持って行かれてしまってて……」

「……まさか、こんな時に第一部隊から二人も欠員が出るとはねー……」

 シリアスは声音で呟くムツミに、キッ、とアリサは眦を吊り上げる。

ムツミさんの場合はもっと細かくメンテナンスを受けてればリーダーと時期が被らなかったって言われてましたよね!? ムツミさんの場合はご自身の不注意もあります!」

 年下に怒られしゅんと肩を落とすムツミ。気を取り直すようにコウタが「まあまあ!」と努めて明るい声を出した。

「ツバキさんも、「どうせ出撃できないなら、休暇の消化も兼ねて暫く休んでろ」って言ってたよ」

「……私は?」

 己を指差して問うてみるが、返ってきたのはアリサの絶対零度もかくやと言うほどの冷たい視線だけであり。

ムツミさんは怪我人じゃないんですから、当然今後の作戦会議の参加や書類仕事はありますよ」

「ですよねー」

 そうしてがっくりとムツミは項垂れる。
 小さく咳払いをして切り替えたアリサは心配そうな表情でリーダーの手を握って顔を覗き込んだ。

「……とにかく、リーダーは無理せずにゆっくり休んでくださいよ……?」

「そうそう! お詫びにバガラリー全巻持ってくるからさ! これを機に制覇しといてくれよ!」

 いや、バガラリー全巻はどうなんだろう。何とも言えない曖昧な顔していると、天井に取り付けられているスピーカーから業務連絡が流れ始めた。全員が話を止め、内容に耳を傾ける。

《業務連絡。新型アラガミ『ハンニバル』への対策ブリーフィングを行います。第一、第二、第三部隊の各メンバーは、至急支部長室まで集合してください。繰り返します――》

「あ……そろそろ、私も行きますね。くれぐれも無理しないでくださいよ」

「休むのも仕事のうち! って事でしっかり休養するんだよ?」

「んじゃ、またね! 欲しいものがあったらメールくれよなー」

 各々が挨拶をして行き、医務室の扉を潜っていく。全員が居なくなって医務室に静寂が戻ると少年は再び体を横たえて瞼を閉じた。