Quo fata trahunt, retrahuntque, sequamur

「はー、つっかれたー……」

 神機がメンテナンス中で任務に出撃できないとは言え神機使いにはやる事が山のようにある。射撃訓練から体術を主にした戦闘訓練、アラガミについての資料を読んで次の任務に備えたり、しっかりと体を休めたりなどなどだ。この日ムツミは空いている人を捕まえて模擬戦闘をしていた。垂れてくる汗を首に掛けたタオルで拭きながらエントランスに差し掛かると、ヒバリとリーダーが話し込んでいるのが見える。

「あ、ムツミさん。戦闘訓練の帰りですか?お疲れ様です」

「ありがとー。いやー、久々に神機を持たない戦いをしたよ……おおっと」

 軽い地響きのようなものが足元から伝わってきてムツミはその場で立ち止まった。
 ヒバリやエントランスに居た少ない人たちも何事だと辺りを見回す。下の整備室などで大掛かりなものでも動かしてるのかとムツミは気にしないでいると、突如耳をつんざくようなアラートが鳴り響き、赤のランプが忙しなく回って辺りを染め上げる。

《緊急連絡 アラガミによる外部からの侵入を……第二訓練場にて確認! 速やかにこれを撃退してください!第二訓練場にて――》

 ヒバリが素早くキーボードを叩き始めた。

「三百秒後、第二訓練場のフロアを隔壁で閉鎖します! 総員、別フロアに至急移動してください。一番近いのは――防衛班! ……タツミさん! 聞こえますか?」

 マイクに耳を当ててヒバリは応対するが、タツミの事だ。余計なことを言っているのだろう。ヒバリが「冗談言ってる場合じゃないんです!」と声を大きくしている。今現在、戦える人員は居ない。非常事態なのだ。
 心配そうにヒバリを見守っていたムツミだったがイライラしたようにヒバリのマイクをひったくると、すうううと大きく息を吸い込む。

「ヒバリが非常事態で緊急の帰還命令だって言ってんでしょうが! さっさと帰ってきなさいこのアホ隊長!!」

 それだけ言うと勝手に通信を切ってヒバリに返した。
 さて、私達も移動しよう……とリーダーに言おうと振り向いた時、そこに彼の姿は無かった。どこに行ったと見回せばゲートに向かって走っていく後ろ姿がチラリと見えた。そうか、もしかしたら神機のメンテナンスが終わっているかも知れない。ムツミも階段を飛び越えてゲートに急いだ。


◆◆◆


「リッカ!」

 通路の両サイドに置かれてる神機が次々に格納されていく。リッカが手元のキーボードを素早く叩きながら顔だけ此方に向けた。

「何しに来たんですか? ムツミさん達の神機なら、まだ使えないですよ」

「そんな!」

 ズズン、と重い地響きが聞こえる。侵入したアラガミがどのようなのかまでは知らないが、近くまで迫ってきていることは分かる。
 まずい、何とかしなければ。なにかないかと周りを見回せどあるのは格納された神機と、まだ格納されてない神機だけで――

「戦えないのなら、戦場に出ちゃダメですよ……わたしも神機のロック作業が終わったら避難するから……」

「あれだ……!」

 ムツミと少年、ほぼ同時に反対方向に向けて走り出した。最後までロック作業が残されていたのは使い手が居ないからだろう。少年が前に立ったのは血のように赤いロングブレードの『ブラッドサージ』、ムツミが目をつけたのはスナイパー型の『ブリッツクォレル』だ。リッカが作業を中断させて叫ぶ。

「え! ……だめ! それはリンドウさんと、神機使いの居ない神機……!」

 少年が一瞬、躊躇う。今からやろうとしている事は下手をすると死にかねないからだ。誰かがこの場を見れば間違いなく「死に急いでる」と咎められるだろう。

 だが――やるしかない。

 彼はブラッドサージを掴んだ。途端、掴んだ部分から「なにか」が自分を侵蝕してやろうと激しく皮膚の中で蠢き出す。
 ムツミムツミでリッカの制止など聞いてもないとでも言うようにブリッツクォレルの柄を握った。当然、適合していない神機に接続を試みたばかりに神機が捕食せんと暴れる。

「早く手を離して! 他人の神機を使ったら、拒絶反応でオラクル細胞に《捕食》されちゃう…!」

 そこまで言った時、奥の隔壁が吹っ飛ばされる。爆風でリッカも飛ばされ、手すりにぶつかってしまった。頭を打ってしまったのか床に倒れたまま動かない。

《緊急連絡 アラガミは隔壁を破って神機保管庫エリアに移動! 繰り返します、アラガミは隔壁を破って神機保管庫エリアに移動しました!》

「そんなの――……」

 激痛で目が霞んできているがアラガミはほんの目と鼻の先だ。ムツミは力を込め、ケースから神機を取り外す。

「分かってるってーの!!」

 足を肩幅に開いて神機を構える。咄嗟に目に付いた亡き兄の神機をつかんでしまったが此方はスナイパーで自分の神機はアサルトだ。距離の測り方や撃つタイミングが分からない。
 そうこうしているうちに少年もブラッドサージを引き抜いた。神機を振り上げ、踏み込みながらリッカを狙うアラガミに一太刀入れる。だが拒絶反応が出ているのだろう。一太刀いれただけでその場に蹲ってしまっている。このままでは二人とも危ない。分かっているのに体は、神機は動かない。

「お願い、動け……っ!!」

 腕の激痛で意識が飛びそうな中、己を叱咤するとフワリと誰かに後ろから支えられた気がした。一体誰が、と振り向く前に「前見ろ」と制される。

「オレが支える。お前はオレの合図で撃て」

 うんともはいとも言う前に神機を掴んでいるムツミの手の上から声の主の手が添えられる。暖かくて、ひどく懐かしい感触。

「行くぞ! 一、二の……」

 アラガミが咆哮した瞬間だった。

「撃て!!」

 放たれた弾は吸い込まれるように大きく開いたアラガミの口の中に入り、体勢を崩す。そこを逃さず立ち上がった少年が神機を一閃し、倒れたアラガミが塵のように霧散して消えていった。

「良かっ……た」

「ちょ、おい! ムツミ!! 大丈夫か!? ああああそっちの奴も!?」

 意識を保っているのが限界だった。その場に崩れるようにムツミと少年は倒れる。残ったのは、慌てふためく男の声だった。


◆◆◆



「う……ん……」

 もぞもぞと動いて目を開けると、そこは見慣れた病室だった。ああ気を失ったあとに運ばれたのかと思って体を起こすと隣から微かなイビキが聞こえてくる。ムツミは首を傾け、驚きで目を見開かせた。
 寝癖のようで実はセットしていると教わったツンツンの黒髪、今は閉じられているけど開けば黄色で勝気な目があるだろう。そして着ている服は深緑色のF指揮官上下だ。本当に有り得るのかと、そう思いながらムツミは恐る恐る腕を組んでイスに座ったまま寝ている彼に声を掛ける。

「……お兄ちゃん?」

「ふがっ……おぉ? 起きたか、ムツミ

 にかっと晴れやかな笑顔で笑う彼――羽佐間ナギサムツミは訝しげな視線を投げかける。

「お兄ちゃん……なんで……」

 信じられない、と言いたげなムツミの視線を受け止め、それでもナギサは笑うとムツミの肩に手を置いてベッドの方へと軽く押しやる。

「死んだはずだろ、ってか? 話してやるけどその前にムツミ、お前は寝ろ。ったくよー、無茶しやがって……」

 起こした上体を無理やりまた寝かせられてしまう。そのままガシガシと頭を撫でられた。
 昔と変わらない、大きくて温かい手だ。無茶が祟ったのだろう、すぐにまた睡魔が訪れ、ムツミは目を閉じた。




「今日から極東支部に配属された、待望の新型神機使いの新人二人と――」

 エントランスに集まった第一部隊の目の前。そこには書類を読み上げるツバキの傍らに緊張気味に直立不動の体勢でいる男女の新人神機使いと、その隣に片頬を赤く腫らしてる男が立っていた。一体誰だこの人はとまじまじと見つめるリーダーに、何があったんだと呆れたような目で自身の兄を見つめるムツミ

「今になって戻ってきた私の馬鹿な同期だ」

「いや! 待てツバキ!! オレ話したよな!? なぁ!!」

 喚くナギサを無視してツバキは二人に紹介を促せた。ビシ、と少女の新人神機使いの方が綺麗に敬礼をしてみせる。

「本日付けで第二部隊に配属となりました、アネット・ケーニッヒと申します!」

 続けて少年の新人神機使いも敬礼をする。

「同じく第三部隊配属となりました、フェデリコ・カルーゾです」

「新型神機の戦術は、私よりお前達の方が詳しいだろう……できる限り面倒見てやれ、いいな?」

『よろしくお願いします!』

 声の揃った挨拶にムツミも少年も笑顔で返す。

「新型は後ほど榊博士のメディカルチェックを受けておくこと。そして……」

 まだ紹介されていないにも関わらず、ツバキの隣に回ったナギサは片手を軽く上げてポーズを作り、ウインクしてみせる。

「オレは羽佐間ナギサ! 今で言う旧型遠距離式のスナイパーを使う。んでツバキとは一応同期だな」

 以前ムツミに聞いた話では数年前に任務中の事故でKIAしている事だったはずだ。ならば此処にいる彼は幽霊かゾンビとでも言うのか。
 うんうんとナギサは頷き、親指をトンと己の胸に当てる。

「そうそう。死んだぜ、数年前にな。だからこの体は正確に言いやあ生身じゃねえ。新型になったムツミがオレの神機と接続をしたが為に神機のコアから形成された擬似人格ってとこだな」

「そんな事ってあるの?」

 KIAした神機使いの旧型神機に新型神機使いが接続した為、生前の使い手の擬似人格が形成されて動いたり喋ったりするなど初耳だ。しかしナギサは肩を竦めるだけであり。

「さあな。オレだってよく分からん。だが、『数年前に死んだ羽佐間ナギサ』が此処にいるのは事実だ」

 ケラケラと大爆笑していると、ナギサは隣のツバキからバインダーで頭を叩かれた。しかし笑ってるナギサは思い出したかのように自身の頬を指差した。そこは先程から気になっていた、赤く晴れ上がってる箇所であり。

「あ、因みにこの頬のヤツもツバキな。オレが実は生きてて姿を晦ましてたと思ったらしく、挨拶しに行ったらバインダーで……」

 バアン! と物凄い速さでツバキの持つバインダーがナギサの頭目掛けて振り落とされた。床に倒れるナギサ。唖然とする一同。
 しかしツバキは普段通りの無表情でバインダーを持ち直すと、至って冷静な声色で説明をし始める。

「……性格はコレだがこいつは『鷹の目』と呼ばれる程の超長距離狙撃が得意でな。命中率、制動率共にトップクラスだった。戦闘に関しては信頼していいぞ」

 なんとも言えない返事をした少年だった。