Amare juveni fructus est, crimen seni

「それにしても……リンドウの奴、マジであいつらから慕われてたんだな」

 まだエントランスではああでも無いこうでもないと皆がリンドウを連れ戻す作戦を立てていたが、ムツミナギサの姿が無い事に気づいてエレベーターで上がって来たところだった。
 エレベーターを降りた直後に聞こえてきた独り言のような声に視線を動かすと、ナギサはベテラン神機使いの部屋がある階の自販機前におり、ソファーに腰掛けながら缶コーヒーを煽っていた。

「数も数えれねぇ馬鹿なのにな……」

「よく『あ、これじゃ三つじゃなくて四つか』って言ってたよ」

「ははは! 変わらねぇな」

 ナギサの前を横切ってムツミもジュースを買う。選んだのはオレンジ果汁のモノだ。それを持ってナギサの隣に腰掛けると、静かな声でナギサは切り出した。

「……お前に言っておかなきゃいけねぇ事がある」

 プルトップを上げ、ムツミはジュースに口を付ける。

「アラガミ化した神機使いの処理方法、だ。分かるか?」

 缶を握る力が篭る。
 知らない訳では無い、何せもう何年もゴッドイーターをしているのだから。極小例だがその現場に立ち会ったことだってある。だが、この場で頷くのは遠まわしにリンドウを処理すると言う事になって――その事が、ムツミの首を縦に振らせることを躊躇わせる。

「……知らないのか?」

「……ううん、分かる、けど……」

 続きは言いたくない、言わんばかりにと黙り込むムツミに耐えかね、ナギサは説明を続けた。

「アラガミ化ってのは腕輪からの偏食因子の定期的な供給が無くなった結果、体の中のオラクル細胞が暴走する事によって引き起こされる急速な変異現象だ。アラガミ化を引き起こした神機使いは、必ずと言って良い程人間には二度と人間には戻れねぇ。その場合、処理方法として最も効果的なのは――」

「……アラガミ化した本人の神機を用いて、殺す事」

 ぼそりと、感情も声も押し殺して低くナギサの後に続けた。一口コーヒーを飲み、ナギサは続ける。

「……運良くリンドウの足跡を追ってあいつに出会えたとしよう。あいつが完全にアラガミになってたら殺せるか? お前の神機を、あいつに向けられるか? ……とてもじゃねぇが、今のお前にゃ無理だと思うがな」

 座った体勢のままナギサは空っぽになった缶をクズかごに向かって放った。見事にかごの中に缶は吸い込まれるようにして入り、カランと淋しげな音を出す。

「……もし、お兄ちゃんの言う通りリンドウさんがアラガミになっていたら……私は、私は……迷って迷って……でも、殺す、と思う」

 俯いていて兄の顔は伺えないが、きっと驚いた表情をしているだろう。何せ自分の想い人に刃を向けると宣言しているようなものなのだから。

「確かに、リンドウさんを殺すのなんてやだよ! でも、でも……それ以上に、アラガミになったリンドウさんを他の誰かに処理される方が…私はやだ」

 顔を上げ、ナギサを見る。その瞳は決意の色で染められていて。

「……それがムツミの選択か?」

 こくん、とムツミは縦にしっかり頷く。ナギサはフッ、と笑みを零した。

「そうか、それなら良いんだ。きちんと選択したんなら俺は何も言わねぇ。全力で力を貸すまでだ」

 そう言ってナギサは笑いながらぐしゃぐしゃとムツミの髪を掻き回すと、顔を上げて怒り出すムツミから逃れるようにエレベーターに乗り込んだ。タイミングが良かったのか、ナギサ以外には誰も乗っていない。上に行くか下に行くかも分からないエレベーター内でナギサは壁に体を預けると疲れたように目を細めた。

「……この世界はいつだって我が儘で、理不尽な選択を迫っては、それが現実として連綿と続いていく――」

 フ、と息を漏らして次の言葉を紡いだ。

「自分自身で行動を選ぶってのは予想以上にリスクを被るし、必ずしもその先に良い結果が待ってるとは限らないもんだ。だが、お前は選んだ。なら、掴み取れ。皆が笑い合える未来をな」


◆◆◆


「なぁ……やべえよ……俺凄い事思いついちゃった……」

 期待二割、どうでも良さが八割の調子で少年はコウタの話に耳を傾けた。

「お? 興味津々だね! リンドウさん捜索に終止符を打つ、芸術的な計画……題して! 『リンドウおびき寄せ大作戦!』リンドウさんって、女の子大好きじゃん?」

 ガシャン、と離れた所から物を落とした音がした。ついさっきリーダーが見た時はソファーでムツミがコーヒーを飲んでいたからソレを落とした音だろう。だがコウタは気づいてない様子で、話を続けた。

「だから、女の子いっぱい集めて歩き回れば絶対出てくると思うんだよ! だから頼む! 協力してくれよ! なっ?」

 参加を呼びかける程度だったら協力して構わない。そう言おうとしたところでガシッと肩を後ろから掴まれた少年。半ば後ろに引っ張られるように掴まれたので体勢を崩しながら横を振り向いてみると、怖いくらいの笑顔を顔に貼り付けているムツミが居た。

「勿論、私も行くよ」

「イイっすねぇ! よーし、この調子でアナグラの女性陣に声を掛けて……」

「……これでのこのこ出てきたらたたっ斬ろう」

 不穏なムツミの一言は唯一少年にだけ聞こえていた。
 そうして女子を集めてのリンドウおびき寄せ大作戦が開始されたのだが――

「……まぁ上手く行く訳ないと思ってたけど……出てこなかったスね……」

「出て来てたら神機じゃなくてグーで殴ってたよ」

 あはは! と笑うムツミだが全く目が笑っていない。もしリンドウがほいほい釣られて出てきていたら間違いなくやっていただろう。

「ま、地道に鎮魂の廃寺付近捜索してみるかなー。やっぱ楽して見つけようなんて駄目って事だよね」

 廃寺近くの任務無かったかなぁと言いながらムツミはヒバリの元へ走っていく。直ぐに丁度良い任務が見つかったのか、次は階段を駆け上がってゲートに急いでいった。
自分も少し休んだら任務に行こうか、と少年が考えた時。おずおずと声を掛けられた。振り向くとあちこちにガーゼや包帯の巻かれているアネットが居て。

「あの! 隊長さんにどうしてもお願いしたい事が……」

 任務中に予定の無い、見た事のないアラガミと遭遇してしまい、自分を逃がすためにブレンダンとカノンが囮となってしまった。一緒に探して欲しいと請われたのはそう時間の経たない頃だった。


◆◆◆


「カノンとブレンダンが居なくなって、戻ってきたと思ったらアホアホコンビとタツミさんが詳細不明のアラガミと交戦? で、退却支援要請? ……最近ドタバタ続きじゃない?」

 少年としても直ぐにタツミ達の要請に応えて行きたい所だが第一部隊に別の任務のアサインがされていて、行きたくても行けない現状だ。ムツミが少年の肩を叩く。

「そっちの任務はリーダーとソーマとサクヤとアリサで行くんでしょ?なら私は退却支援要請の方に回るよ」

 ただ、此方が相手するのは何せ詳細不明のアラガミだ。ヒバリも言っていたがなるべく速やかにアサインされた任務をこなして応援に来て欲しい。よし、と気合を一つ入れるとムツミはヒバリに向かって大きく手を挙げる。

「ヒバリー! 私がタツミさん達のところに行くー!」

 場所は鉄塔の森らしい。ムツミはゲートを潜ると目的地へ急ぐ。乗ってきたカーゴから転がるように飛び降りるとタツミ達がアラガミと交戦している所だった。いるのはコンゴウ二体だけ。詳細不明のアラガミが見当たらない。

 ――いや、今はそんな事考えてる場合じゃないか。
 緩く頭を振り、ムツミは気持ちと考えを切り替える。

「応援! 来たよ!!」

「おー! 助かるぜ!」

 駆けながら大きく飛び、コンゴウを一閃する。怯んだ隙を見逃す筈もなく、カレルの銃弾がコンゴウの胴体を貫く。

「これならっ! こいつら倒してゆっくり帰投して、もっ! 大丈夫じゃないの!?」

「いや! こいつらだけじゃねーんだ!」

 コンゴウを斬り、反撃から身を躱しながらムツミとタツミは大声で会話する。
 コンゴウだけじゃない? 居るとすればヒバリの報告にあった詳細不明のアラガミか。だがそのアラガミの姿なんて見当たらないと口にしようとした時、遠くの方で咆哮が上がった。その咆哮を耳にしてムツミの表情がどんどん曇っていく。

「何か……迫ってきてない? あの咆哮」

「ったりめーだろ! オレ達追って来てんだからよぉ!」

「それかーー!!」

 神機を振り回しながらのシュンの叫びに一旦ムツミは下がり、銃形態にするとコンゴウ目掛けて撃ち抜く。
 あと少し、もう少し耐えればリーダーが応援に来てくれるのだ。なんとしてでも耐えてみせないと。ムツミが神機をキツく握り締める。

「おい……来たぞ!」

 先程咆哮を上げたアラガミがもう追い付いてきたのか。最悪の事態を予想しながら、姿を現した黒いアラガミの姿を視認して誰もが息を飲んだが、アラガミはムツミ達に興味を示していない。視線の先にあるのは――二体のコンゴウだ。
 詳細不明のアラガミは拳を握るとコンゴウの胴体目掛けて拳を振り下ろした。壁や土管に激突して動きの鈍るコンゴウ達。

「何なんだあの化物……!」

「おいおい……マジで洒落んなってねえよ……」

 そうこう会話しているうちにも高く飛び上がったアラガミは奥で倒れていたコンゴウに拳を振ってトドメを刺した。馬鹿みたいな攻撃力に誰もが唖然とする。

「敵は単体だ! 全員、散開して逃げ続けろよぉ!」

 アラガミはタツミに狙いを付けたようだが、タツミだってベテランの神機使いだ。振り下ろされた拳を二、三と避け続ける。だが放たれた四回目の殴打はまずいと思ったのかシールドを展開したものの、大きく後ろに吹っ飛ばされてしまった。

「タツミさん!?」

「へっ……こいつは本気でヤバイな……」

 自分が囮になって先にカレル達を撤退させるべきか、とムツミが一歩前に出た時、何かが跳躍してきてムツミの前に出た。シールドを展開させながら躍り出たのは見間違いようの無い第一部隊のリーダーだ。
 タツミを狙った強烈な一撃が彼のシールドにヒットする。前回と違い、吹き飛ばされること無く受け止める。
 そしてどういうことか、アラガミはそれっきり攻撃を止めて腕を引くと素早く跳んで後退し、そのまま姿を晦ました。ヒュウ、とシュンが口笛を吹く。

「すげぇ……追い払ったよ……」

 珍しい事もあるようだと神機を下ろすと皆がアラガミが消えた方を向いている中、少年がその場でぼんやりと突っ立っている。それに気づいたタツミが声を掛けるが反応は無い。

「おい、隊長さん。どうした?」

 少年が立ち尽くす中、とある人物に言われた台詞が脳内で反響する。

 ――リンドウさんの足跡を辿って、運良く彼に出会ったとしましょう。……もし……その時、彼がアラガミになっていたらどうしますか?
 ――貴方は、その『アラガミ』を殺せますか?

 考えは纏まらない。まるで脳が正常な動きをしたくないと拒んでいるみたいだ。少年は顔の前でタツミに手を振られてみる。しかし、気づく様子は見られなかった。