Bellum omnium contra omnes

 リーダーとナギサの姿が見当たらない、と真っ先に気づいたのはムツミだった。嫌な予感がする、と急いで第一部隊の面々を集めてヒバリの元へ行き、二人のビーコンの発生場所を探知してもらう。ヒバリがキーボードを素早く叩く中、皆は固唾を飲んで様子を見守る。

「……エイジスに巨大なアラガミ反応、恐らく黒いハンニバルが……」

 画面を見ていたヒバリの表情が曇った。

「え……黒いハンニバルと第一部隊の隊長、それとナギサさんが……ツーマンセルで交戦中?」

「それってどういう事!?」

 受付に半ばムツミが身を乗り出す。他の皆も口々にリーダーの安否を案じている。

「あの大馬鹿野郎……おい、全員出るぞ!」

 たった二人で黒いハンニバルに立ち向かうなど自殺行為としか見えない。ソーマの意見に反対する者は居なく、今すぐにでも出ようとしたところで階上から鋭い制止の声が掛かった。

「全員動くな! まだ、そのまま待機しろ!!」

「どういう事ですか……?」

 カツカツとヒールを鳴らして降りてきたツバキを見つめる。ツバキは至って普通の声色で説明し始めた。

「恐らく、あの黒いハンニバルはアラガミ化したリンドウだ……そして、それを知ったからこそ……アイツは、アイツらは黒いハンニバルを倒しに二人で向かったんだ……」

「なら、どうして!」

ムツミ! お前はリンドウに剣を向ける覚悟が出来ているのか?」

「……それは……」

 ムツミが言葉に詰まる。

「お前達もだ……その覚悟があるか?」

 誰もが下を向き、押し黙ってしまった。ツバキはそれを認めると「無いなら」と続ける。

「……無いなら、今ここで覚悟しろ!」

 続けられた言葉に、第一部隊の皆は顔を上げることになった。

「これより、新たな特別任務を通達する! 目標はエイジス島に出現した黒いハンニバル! 可及的速やかにこれを排除しろ。尚、ハンニバル種のような強力な修復機能を持つ個体の場合は現存勢力での対抗は難しいだろう。対ハンニバル種への対策と同様、コアを回収した時点で即時撤退する事。分かったな!」

 ムツミを除いた全員が力強く頷く。

ムツミ! ……お前はこの任務に限り、不参加を良しとする。……アラガミ化した友を、仲間を処理する悲しみを何度も目の当たりにする必要はない」

 誰にも言ってなかった筈だ、と思わずムツミは顔を上げかけたが直ぐにハッとした。ミッション履歴などは本来秘匿情報だ。だがツバキ程の教官ともなれば権限上調べる事も容易いだろうし、ここ最近、アラガミ化した神機使いの処理の事で浮かない自分を気にしていたのだろう。苦笑して、ムツミは顔を上げた。

「……いいえ、行きます。行かせてください。私、リンドウさんが他の誰かに斬られるくらいなら私がやるって決めたんです。だからリーダーを止めて、最悪の場合は私がやります! 昔の仲間を処理したから嫌だとか、そんな甘い事言ってられる状況じゃないんです!」

「……良いだろう」

 ツバキが珍しい、柔和な笑みを浮かべる。

「うん……俺も……」

 ポツリ、とコウタは話し始める。

「俺も……覚悟、出来ました。まだ……頭では納得できてないかもだけど……」

 ソーマも静かに話し始めた。

「……俺達の仕事はいつだって、一人で背負い込みがちなバカなリーダーを支えることだけだ……だろ?」

 コウタが頷き、アリサも俯きがちに話し始める。

「……そうですね、でも……楽観的なのかも知れないんですけど……私、何とかなる気がしてるんです」

 フフ、と笑ってサクヤも話し始めた。

「あの子が行ってくれたんですもの。何とかなる、じゃなくて絶対なる、だわ」

「よし……全員、現場に急行しろ。そこで取っ組み合ってる三人にこう伝えてくれ。『三人共、無事に生還した時のみ、懲罰を免除する』とな」


 全員頷き、そして神機ケースを取りに行くと地下へ繋がるエレベーターを目指した。


◆◆◆



 第一部隊の面々が地下に繋がるエレベーターを使ってエイジス島に着いた時には、既に黒いハンニバルは息も絶え絶えな状態にまで追い込まれていた。

「リーダー!」

 満身創痍な少年がムツミ達の姿を認めて目を見開く。

「ツバキさんが行けって言ってくれたんだよ! 二人とも、無事に帰ったら無断で任務に出た懲罰は無しだってさ!

「ツバキがなぁ……こりゃ、張り切って帰らねぇと…」

 笑って軽口を叩いたナギサだったが、『二人』で黒いハンニバルに立ち向かって行ったせいかへたり込んで疲労困憊の様子だ。ソーマの目が床に横たわっているハンニバルに向けられる。

「あのアラガミは倒した……のか?」

 倒した、と少年が言いかけた瞬間、床に倒れ付した黒いハンニバルの回りをメラ、と炎が立ち上り始めた。次いで体ごと浮かび、黒いハンニバルは炎に巻かれながら再び大きな咆哮を上げる。すると胸部にあるコアが露になり、その場にいた全員の顔に驚愕の色が浮かんだ。

「リンドウ……さん……」

 そこにはまるで磔刑に処される囚人のように、コア部分にリンドウが磔にされていた。

「……クソッ!」

「リンドウさん! 目を覚まして……!」

「リンドウさん!!」

 皆の呼び掛けに答えるようにリンドウが呻き、目を開く。

「俺の事は……放っておけ……」

「リンドウ……リンドウなのね……」

「リンドウさん……」

「立ち去れ……早く……」

「やだよ! あの時……絶対、後で帰るって言ったじゃん!!」

 涙声になりながらムツミは叫ぶ。

「もう……リンドウさんを置いてくなんて……やだよ……」

「リンドウさん……力づくでも、連れて帰ります……。それが……あなたに償える唯一の方法だから……」

「もう俺は……覚悟は、出来ている……。自分のケツは、自分で……拭くさ……」

 炎が止まり、黒いハンニバルが着地する。低い唸り声を上げ、攻撃態勢を取った。切羽詰ったリンドウの声が届く。

「ここから……逃げろ……っ! これはっ……命令だ……!!」

 その次の瞬間だった。今まで沈黙していた少年が突然大声を上げたのは。何事かと目を見張ると彼の手には己の神機と、その反対にリンドウの神機が握られているではないか。何をしているんだ、と皆が思った時、ブラッドサージを大きく横に振り、高々に叫んだ。

「逃げるな!!」

 普段の彼からは考えられない程の声量で続ける。

「生きることから……逃げるな!! これは……命令だ!!」

 二つの神機を携え、黒いハンニバルのも負けない咆哮を上げながら少年は駆け出した。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 強く床を蹴り、跳躍。空中で体勢を取りながら迫る黒いハンニバルの殴打を避け、大きく開かれた口に着地しながら二つの神機をその口腔に突き刺し、一気に上下に開いた。そして奥にあったコアらしきもの目掛け、アラガミ化が進行しつつあるブラッドサージを接続した手を握り込み――拳を叩き込む。

 瞬間、目も開けられない程の白い光りが、エイジス島全体を支配した。