Memento mori
リンドウが帰ってきて、兄が還ってから数日は経っただろうか。ムツミはエントランスのソファーに陣取ると、ぶすーっと不貞腐れたように胸元で輝く十字架のネックレスを弄っていた。
「あら、ムツミ。どうしたの?」
反対側にサクヤが腰掛けた。トントンと己の頬を突いてみせたので言外に「そんな不貞腐れている理由は何か」と問うてるのだろう。居住まいを正すとムツミは至極面白くなさそうに話し始める。
「……リンドウさんが帰ってきた事は本当に嬉しいんだけどさ、帰ってきてからずーーーーーーっと喋る暇が無いってどういう事!? それもつまらない理由だったら私も話の輪に入れるんだろうけど、博士と新しい遊撃部隊についての事とか、リーダーと深刻そうな話とか、アネット達の指導とか、遊撃任務とか! 大事なことばっかでさー!!」
「要するに、リンドウが構ってくれなくて不貞腐れてるのね」
途端、ムツミの顔がトマトのように真っ赤に染まる。違う、とかそんなんじゃない、と弁解しているがムツミがリンドウに好意を抱いてるのはとっくに知っているのでサクヤは微笑を浮かべているのだった。
そして、少し離れた場所でリーダーと会話していたリンドウの居る方に体を向け手を振った。
「リンドウー! ムツミってば、貴方に構って貰えなくて寂しいって」
「サクヤーー!?」
身を乗り出してサクヤの口を塞ごうとした頃には時すでに遅く。咄嗟にムツミは脱兎のごとくその場から逃げ出そうとしたが後ろからその手をグッと誰かに掴まれ、引き寄せられてしまった。見上げれば、何処か焦った様子のリンドウの顔。
「はぁ……捕まえたぞ、っと」
「いやーー! 離してーー!!」
「おいおい、せっかく構ってやってるのにそりゃねえだろ…」
「だったらTPOを考えてほしかったかな!!!」
ジタバタと暴れるムツミだが、リンドウは一つ息を吐くとムツミの体を回して向き直した。顔が近くなり、ムツミは息を呑む。
「前に聞いたよな? 俺の好きな奴は誰かって」
「う、うん……」
確か、あの時は自分の好きな人を告白したのにリンドウは教えてくれず、退散するように部屋を出て行くリンドウに向かって枕を投げつけた覚えがある。
「あー……その、だな……」
「……はい」
ドキドキしながら次の言葉を待つ。
「……俺と、結婚しないか?」
恐らく、その場に居合わせた人全員が同じ事を思っただろう。
「色々過程すっとばしてない!?」
「あの……リンドウさん、普通は付き合うところから始めると思います」
恐縮するようにアリサが小さく手を挙げて進言するがリンドウは首を傾げる。
「ん? そうだったか?」
「そうだよ! だって……」
そこで言い淀み、ムツミはチラとリンドウを見上げる。
「ほら……その、まだ………聞いてないし」
顔を赤くしてごにょごにょと言えばリンドウは何を言ってなかったかと暫しじっと考え込み、納得したように頷いた。
「好きだ、ムツミ。俺と結婚してくれ」
「……やっぱり抜けてるよ」
ムツミは苦笑すると少し背伸びをしてリンドウの首に腕を回す。リンドウもしっかりとムツミを抱きしめる。
「けど、そんなリンドウさんが大好きです! 不束者だけど、お願いします!」
極東支部に、恐らく此処最近で最も大きい歓声が響き渡った。
「うーん、今日も絶好の任務日和!」
「任務なんて何時も同じだと思うがなぁ……」
「そんな事ないよー、晴れてた方が動きやすいし見渡しやすいし」
崖の上に立つ影二つ。
片方は腰ほどまである黒のポニーテールを揺らし、もう片方は崖っぷちに腰掛け、片膝を立てながら煙草を吹かしている。風に髪を棚引かせてるムツミは双眼鏡を手に取って贖罪の街を眺めるとそれを仕舞うと、今度は携帯端末を取り出して耳に当てた。
「えー、ヒバリ? 討伐対象のスサノオを視認。これより任務に入りまーす」
『了解しました!』
ピッ、と通信を切って携帯端末をパンツのポケットに仕舞うと今度は神機を握り締めた。煙草を吹かしていたリンドウもタバコの火を消すとやおら立ち上がる。
「そんじゃま、今日も今日とて仕事と行きますか」
リンドウは侵蝕された右腕を神機のような形に変化させると、ふと思い付いたかのような口調で「ああそうだ、」とムツミを呼んだ。
「なぁムツミ」
「ん?」
「帰ったら式上げるか?」
「は?」
式、とは。コンマ数秒の短時間でムツミは目まぐるしく頭を回転させてリンドウの言いたい事、足りない主語述語を補完すべく動かしてみた。
自分とリンドウの関係性や経過、その他諸々の事を含めて考えた結果導き出した答えにいやいやそんな馬鹿なと己にツッコミを入れながら、ムツミはおずおずと口を開く。
「……もしかして、結婚式?」
「そうだぞ?」
「早くない!? ねぇ早くない!? 私達こないだ、つっ、付き合ったばっかだよ!!」
「善は何とかって言うだろー」
「善は急げね! でも使う場面間違ってるし!!」
はぁーと重く溜息を吐いてムツミは額に手を当てる。
「何だ、嫌なのか?」
「いや、嫌とか、そんなんじゃなくて……私的にはもうちょっとこ……恋人で居る時間が長くても良いかなーって……」
ごにょごにょと、そっぽ向いて恥ずかしそうに呟かれた言葉にリンドウはフッと笑みを漏らすと、空いてる左手でわしゃわしゃと頭を撫でた。
「わっ!?」
「何でこんな可愛いかねぇ」
「い、あ、いきなり何っ!?」
「仕方ないだろ? 俺の恋人が可愛いんだからよ」
「~~っ!」
顔を真っ赤にしながら頭からリンドウの手を外し、素早い身のこなしでムツミはリンドウから距離を取るとブンブンと神機を振った。
「も、良いから! 分かったから!!」
恥ずかしさに耐え切れなかったのだろうか。顔の赤みも引かないままムツミは崖から飛び降りた。
「しゃーねーなぁ……さーて、今日も頑張るかね」
口の端に笑みを浮かべ、続いてリンドウも飛び降りた。
死と諦観が暴風となり吹き荒れる無間地獄。
しかしそんな世界であっても、人間は生きる事を止められない。
故に、我々は神を屠る。
神を喰らい、己が力とする≪神機≫を振るって。
神に反逆し、神を喰らう者達。
それこそが、私達≪ゴッドイーター≫である。
「よーし、行きますか!」