禁忌を犯す者
「ふんふふーん」
鼻歌を歌いつつ、ひょこひょこと腰に届く程の長い黒髪のポニーテールを揺らしながらムツミがエントランスを歩いて階上のターミナルに寄ろうと階段に足を掛けようとすると、丁度反対側から誰かが降りてくる所だった。おや、とムツミは思う。
自分より少し年下位の年齢にみえる少年。無造作にバンダナで留められた髪は鮮やかな赤髪。瞳は対照的に静かな青をしているが、好奇心旺盛そうな形をしている。着ている服はフェンリルから支給されるタイプのモノだったか。
中途半端に片足だけを階段に掛けながら降りてくる少年を見ていると彼と目があった。互いに「あ、」と間抜けた声がどちらともなく挙がる。
「あんた、此処の神機使い?」
「そうだけど……」
「ふーん……」
階段から足を退け、少年をエントランスに通してやる。少年はエントランスに足を付けるとムツミと対面する形で立ち、上から下まで値踏みするように観察する。気分のいいものでは無かったが負けじとムツミも少年を観察した。視線が向かったのは右腕に填められた赤い腕輪――彼も神機使いなのか。
見慣れない少年の神機使い。新しく異動があるとは聞いていない。だとすると。ムツミの脳裏に先日リンドウが言っていた言葉が浮かんできた。禁忌種狩り専門のチームが極東支部にやってきていると。
ムツミは右手を持ち上げて差し出す。それが何を意味するか彼は理解していないみたいで、きょとんと差し出されたムツミの右手を見やる。
「私は第一部隊所属の羽佐間ムツミ。君は?」
「……ギース。ギース・クリムゾン」
「ギースかー。ん」
「は?」
「えっ?」
今度はムツミがきょとんとする番だった。
「友好の証。握手。しないの?」
露骨にギースが顔を歪める。
「なんで。友達でもなんでもねーじゃん」
「何でって言われてもなー……ギースって確か昨日か一昨日にやって来た禁忌種狩りのチームの人でしょ? もしかしたら一緒に任務に出るかも知れないし、そしたら多少は互を知っとかないといけないんじゃない? だからほら」
「……いいよ。オレ、別にアナグラの連中と仲良くする気ねーし」
「そう言わずに!」
グイっと強引に握手を交わそうとギースの右手を掴みかけたところでキィン、と澄んだ音が聞こえた。しまった、とムツミが事態に気づいて手を離そうとした時には遅かった。ギースもまさか目の前の人物が数少ない新型とは思ってもなく、油断していたのだろう――新型同士が触れ合う事によって発動する『感応現象』がギースとムツミの間で起こり、互いの思考や感情が断片的に伝わってくる。
ムツミが感じ取ったギースの感情は『怒り』と『苛立ち』が大きかった。早くこのアナグラを去りたい、自分達の行動が制限される事に対しての憤慨、誰かの手を借りずとも第一種接触禁忌種を狩れる、そういう怒りがごちゃごちゃと混ざり合って伝わってきてムツミは顔を顰めた。しかし、何もムツミが顔を顰めた理由はこれだけではない。
「あっ、あのねぇ……リンドウさんはギースが思ってるような人じゃないよ! 確かに適当だし言う事緩いしへらへらしてるように見えるけど、他の人よりも断然このアナグラの事考えてるんだからね!」
「そんなの知るかよ! あいつ、オレの事子供扱いしてくるし……!」
「子供じゃんあんた!」
「そ、そう言うお前だってガキじゃねーか!」
「はっ、はぁ!? 私、とっくに成人してるんだけど!! 二十二歳!!」
「はあああ!? 童顔すぎんだろ!」
「ひ、人が気にしてる事を!!」
ぎゃいぎゃいと、エントランスの一角で絶え間なく口論が続く。
結局二人はギースの仲間である整備士のマルグリットと言う少女が仲裁に入るまで口論を続け。最後に二人は、
「べーった!」
「ちっ!」
互いに舌を出し、ずんずんと大股で反対方向に歩いて行った。
2014/03/08