白い鳥

 ズズン、と重い地響きが追憶の教会内に木霊する。その重い巨体を転がして絶命したディアウス・ピターを見届けて一つの通信が入ってきた。

『討伐目標のアラガミの沈黙を確認。皆さん、お疲れ様でした!』

「よーし、アナグラに戻るまでがミッションだぞー……っと」

「? どうしたのリンドウさん」

 神機を納めた所で胸ポケットやズボンのポケットをポンポンと叩き出すリンドウにムツミは首を傾げる。

「あー……煙草をどっかで落としたみたいでな。ま、買い直せば良いよな」

 そう笑ってリンドウは教会を出て行き、他の仲間も続いて出て行く。
 一人納得のいかない様子でリンドウの背中を見送っていたムツミだったが、彼に呼ばれると足早に教会を出て行った。


◆◆◆


「うー……」

ムツミさん?」

「あ、アリサ……」

 出撃ゲートの前でうろうろと不審そうに歩き回っているムツミを見かけ、エレベーターで降りてきたところだったアリサは声をかける。

「どうしたんですか?動きがあからさまに不審者ですよ?」

「ふ、不審者……」

 言い返せない、と下唇を噛むムツミ。しかし直ぐにかぶりを振るとグッとアリサに迫り、その気迫に驚いたアリサは半歩後ずさった。

「ね、ねえアリサ! リンドウさん見かけなかった!?」

「えっ?」

 そう言われ、アリサは今日一日の動きを振り返ってみる。何処かでリンドウと擦れ違ったりしていないかと。しかし今日、彼と会った覚えも姿を見た覚えもなく、それどころか此処数日リンドウの姿を見ていないことに気づいた。

「あの……私、此処最近、リンドウさんと会った覚えが無くて。すみません」

「やっぱり……そっか、ごめんね」

 アリサから離れ、溜息を吐くムツミ
 どういう事だろうか。確かリンドウは現在ムツミの部屋に居候している筈で、彼の所在等はムツミの方が詳しいだろうに。こうもムツミが焦ってリンドウを探しているのは何故なのか。
 酷く胸騒ぎがする。顔を強ばらせたアリサは問うた。

「リンドウさんに何かあったんですか?」

「う、うん……実は……」

 先日ミッションに行ったっきり、リンドウが帰投しないと。不安と焦りを声に滲ませてムツミは話した。まるで『蒼穹の月』でリンドウがMIAした時のようだ、とアリサは思う。そしてビーコンでの反応も途絶えてしまったと続け、ムツミはいよいよ涙声になる。

「どうしよ……もしかして前みたいにアラガミに襲われて腕やられちゃって身動き取れなくなったりしてたりしたら……っ!」

「お、落ち着いてくださいムツミさん! あのリンドウさんですよ? ちゃんと戻ってくるに決まって――」

ムツミさん!!」

 アリサのセリフを遮るようにして階下からヒバリの声が掛かり、目尻に溜まり始めた涙を拭ってムツミは手すりから身を乗り出した。ヒバリは素早くキーボードを叩いていて。何か確信を得たかのように一つ頷くとムツミを見上げた。

「贖罪の街でビーコンをキャッチしました! ……リンドウさんのですよ、ムツミさん」

ムツミさん!」

「…………!」

 何というタイミングだろうか。
 再び溢れ出しそうになる涙をグッと堪え、ムツミは走って階段のところまで行くと一気に駆け下り、素早く任務申請を出す。キーボードを叩き、ヒバリはニッコリと笑顔を浮かべる。

「任務受諾しました! どうか、ご武運を!」

 今咄嗟に請け負った任務はヴァジュラ一体の討伐。これなら自分一人でも気を抜かなければ問題ないだろう。階段を駆け上って見送るアリサの脇を走り抜け、ムツミは出撃ゲートを潜った。


◆◆◆


「トドメだぁっ!!」

 ザク、と結合崩壊を起こして脆くなったヴァジュラの胴体にロングブレードを叩き込み、間髪を入れずインパルスエッジを撃ち込む。ヴァジュラは砂埃の舞う地面に沈み、ムツミは神機を振るって周りを見渡した。小型のアラガミの気配は無いが、同時に人の気配も周囲に感じられない。
 ――いや。
 風に乗って微かに足音のような、砂と砂が擦り合う音が聞こえた。聞こえた方角に目を向けると、贖罪の街のほぼ中心に立つ建物……壊れかけた教会が映る。
 もしかすると、なんて期待を抱いて。ムツミはそちらに足を向けた。

 相変わらず荒れた場所だなんて思いつつ、教会内に足を踏み入れる。一歩一歩、進む度に緊張で心臓がドキドキとする。この壁一枚挟んだ先に本当に『彼』が居るのか、そうでないのか。ゆっくりと進んでいくと、遂に壁が途切れた。此処を曲がれば真偽は分かる。ゴクリと唾を飲み込み、角を曲がり――

「……あ」

 朽ちかけた中央のステンドグラスの前に、彼は居た。
 此方に背を向け、ステンドグラスを見上げながら紫煙を吹かしているらしい。遠目だか大きな怪我等は確認できず、安心すると同時に無事ならば何故今の今まで連絡の一つも寄越さなかったのかとムクムクと怒りが湧いてきて。ムツミは大きく息を吸い込むとツカツカとブーツの踵を鳴らしながら足早に詰め寄った。

「リンドウさん!!!!」

「うおっ!?」

 大声量で、しかも至近距離で発せられ、驚いたリンドウは煙草を床に落としてしまった。そして振り返り、背後に立ちながら息を荒らげるムツミにギョッとした。なんせ只大声を出して息を荒らげただけでなく、ボロボロと涙を流していたのだから。

「お、おい、ムツミ……? なんでこんな場所に、」

「リンドウさんのビーコンが途切れた挙句何日も帰ってこないからでしょ!?」

 リンドウの言葉を遮り、堰を切ったようにムツミは続ける。

「私、すっごい心配したのに、ずっと待ってたのに、全然連絡無くて、前の時みたいに任務中にアラガミに襲われて怪我して帰ってこれないんじゃないかとか思ったり、心配で心配であちこち任務って言いながら探し回ったり……っ!!」

 ボロボロと溢れる涙を乱暴に拭っていると小さく吹き出す声が聞こえ、ポンと頭に何かを載せられる。乱雑に頭を撫でられたので乗せられたのは手なのは確かだ。ムツミはジト目でリンドウを見上げる。

「……痛い、リンドウさん」

「おっと、悪いな」

 あろう事か、義手の填められている右手で撫でてきた。生身の手よりも当然だがゴツゴツとしていて撫でられる度に痛い。やや強引にその手を払いのけるとリンドウは苦笑し、左手を上着のポケットに突っ込んで探った。何をしているのだろうと思っていると「お、あった」と軽い声と共にポケットから手を出した。その手には何かが握られていて。

ムツミ、手出してみろ」

「こ、こう?」

「あー逆だ逆。左手」

「??」

 差し出した右手を引っ込めて言われた通り左手を、甲を上にした状態で差し出す。そして手を取られ、薬指にある物が填められた。填められた物を暫しぽかんと見、ややあってその意味が分かるとオロオロと慌て始めた。
 薬指に填められた、銀の指輪――意味など、誰でも分かるだろう。

「え、あ……リンドウ、さん?」

「それをな、技術部に頼んで作って貰ったのは良いんだがこの間の戦闘中に落としちまってなぁ」

「じゃあ、もしかしてこれを探してて……?」

「まあ、な」

 右手で後頭部を掻き、リンドウはちょっと気まずそうに視線を逸らす。
 彼の事だ。もしかしたらこの指輪を探すのに熱中し過ぎて帰るのを忘れた、なんて言い出してもまかり通りそうだし、もっと単純に見つかるまでは帰らないと決めていたのかも知れない。けれど、そうだとしても、

「……ほんと、無事でいてくれて良かったあ……」

「っと」

 気が抜けてへたり込みそうになってしまったが、フラついた所でリンドウが手を伸ばして抱き留めた。そしてそのまま抱きしめられ、ムツミもリンドウの背に手を回す。

「……悪かったな、心配かけちまって」

「ほんとだよ! ……でも、」

 リンドウの胸板に頭を預けて目を閉じたムツミは小さく、けれど幸せそうな声で嬉しい、と呟く。そんなムツミを見てリンドウは頬を綻ばせていたが、ふと何か思い出したような顔になる。

「あー……そうだ、ムツミ。少し聞いて貰いたい事があるんだが」

 一旦ムツミを解放するとリンドウは至極真面目な表情でムツミを見つめた。釣られてムツミも堅い表情になる。

「俺と結婚してくれないか? ムツミ

 前回とは違う、ちゃんと恋人と言う段階を踏んでからの台詞。しかも失われつつ、喰われつつある、指輪を渡しての『プロポーズ』と言う文化をしっかり形にしてだ。
 左手の薬指に填められた指輪にそっと触れ、ムツミは微笑する。
 答えなんて、そんなものはとうに決まっていた。

「……はいっ!!」


2014/04/12