女神の森

 バラバラバラと、ヘリコプターの駆動音に耳を傾けながらムツミは機内に設けられた座席に身を沈め、瞑目している。長時間、この固い座席に座っていると下半身のある部分が非常に痛くなってくるのだが、飛行予定時間ではもうそろそろ到着の時間だった。
するとタイミング良く、耳に掛けた通信機から通信が入ってくる。

《まもなく『女神の森ネモス・ディアナ』付近です!降りる準備をお願いします!》

「了解です!」

 目を開けてヘリコプターの駆動音に負けないよう声を張り上げて返事をし、窓の外を見ると確かにアラガミ防壁で覆われた居住区と、その中心に聳え立つ司令塔が見える。あれがアリサとソーマの報告にあった場所か、と思いつつ、ムツミは別の事も考えていた。
 ネモス・ディアナの防衛を担当していた少女の神機使い。『黒蛛病』という病に罹りながらも神機を振るい続けた彼女。彼女の名前を報告書で読んだ時、まさかだと思った。だから、真偽を確かめに行く。今回こうしてこの場に遠路はるばるやってきたのは名目上アリサ達との情報共有やネモス・ディアナの今後の運営方針などの話し合いに参加する為となっているが、本質は違っていた。

「……マルグリット・クラヴェリ……」

 彼女に会う為に、彼女と話をする為に、ここへ来た。


◆◆◆


「はー……疲れた……なにあれ、会議めっちゃ長引いたんですけど……」

 運用会議に思ってた以上の時間を取られ、漸く解放された時には既に日が暮れそうな時刻になっていた。肩や首を回しながらムツミは足早に白色で纏められた病棟の廊下を歩いて行く。面会終了時刻はもうすぐという所まで迫っていた。
 教えてもらった病室の前まで着くとムツミは軽く呼吸して息を整え、身支度も整える。良し、と小さく呟くとノックをして病室に入った。

「……どちら様、ですか……?」

 部屋の主は今日は体調が良いのか、ベッドの上半分側を上げて上半身を起こしている。そして窓の外を眺めていた顔を動かし、ムツミを見て小首を傾げた。
 三年前と比べると長かった髪は短く切られ、顔は病の為か痩けて、青白くみえた。しかし面影は残っていて、ムツミは後ろ手に扉を閉めると微笑する。

「……覚えてないかな? 私、極東支部の神機使いなんだけど。ほら、三年前に来てくれたでしょ? アーサソールの整備士、マルグリットちゃん」

 途端、マルグリットの目が見開かれる。

「あ……ギースと口論してた、神機使い……」

「そうそう。止めに来てくれたよね」

 ベッドの脇に置かれた簡易椅子に腰掛け、ムツミは真面目な顔でマルグリットを見やる。

「……三年前、アーサソールは『無くなった』筈。表向きには、ね」

 そう言うのは、真相を知り、改ざんされた報告を本部に提出したリンドウの口から真実の話を聞いたのだろう。やや迷ったようにして、マルグリットは口を開く。

「……はい。アーサソールが無くなり、フェンリルから追われる立場になり、神機を失ったギースと整備士の私は新しい装甲車で各地を転々としながら暮らしていました……」

 掛け布団を強く握り締め、マルグリットは語る。
 ある日、ギースに投与する偏食因子が切れた事。補給の為に立ち寄ったフェンリルの移動要塞で自分に適合する神機が漸く見つかった事。ギースが神機兵の搭乗に志願し、それから戻らない事。このネモス・ディアナに神機兵が配備されると聞いて防衛する代わりに此処に置いて欲しいと頼み込み、今に至る事も。
 その全てをムツミはじっと黙って聞き、思案顔で呟く。

「……フェンリルの移動要塞?」

 聞き慣れない単語だ。しかしマルグリットは頷き、それが確かにある事は分かる。
 もしかしたら本部直轄のソレなのかも知れないという仮説がムツミの脳内で組み上がった。だとしたらあの秘匿主義の本部の事だ、秘密裏に移動要塞を造り、何かしら目的を持って動かしているのだとしたら。ムツミは考え込み、少ししてから口を開いた。

「……もし本部が何かの目的でその要塞を造り上げたとしたら……極東に来る可能性が……?」

「!」

 極東支部は全支部でも一、二を争う激戦区だ。それ故に強力なアラガミが集結し、自ずと情報、技術、優秀な人材が集まってくる。こちらからその移動要塞を探しに全国を回らなくとも、何れあっちからやってくるだろう。そんな確信めいたモノが胸中を渦巻く。
 マルグリットがバッと頭を下げる。

「お願いします! どうか、どうかギースを……っ!」

「……確約は出来ないけど…せめて、何かしらあいつの情報を探ってみるよ。私に出来る範囲で、良ければだけど」

 マルグリットは顔を上げ、静かに首を振る。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。

「それだけでも、全然いいんです。せめてギースの所在だけでも分かれば……」

 そう語るマルグリットの目がどこまでも真っ直ぐで。小さく笑い、ムツミは頷く。

「じゃあ、何か分かれば此処に連絡するね。それじゃあ」

 立ち上がり、軽く会釈し、ムツミは病室を後にした。静かに扉を閉めて歩き出すと、唇をキュッと結んで厳しい顔をする。そしてポケットからメモ帳を取り出し、マルグリットから聞いた話を走り書きで書き出した。素早く書き留めるとメモ帳をしまい、何食わぬ顔で病棟の廊下を歩いて行く。

 謎の移動要塞、神機兵。
 まさかこれからそう日も経たない内にこれらに関わりがあり、これから起こる出来事の渦中に巻き込まれていく『彼ら』と邂逅するとは、この時考えてもみなかった。


2014/04/23