調子外れのパレ-ドを始めよう

「見て、ランちゃん! バザーしてる!」

 賑やかな市場な島トルゾニッツァに、はしゃいだ声が上がる。その少女の声に後ろを歩く蒼い騎士は苦い笑みを浮かべて諭した。

「前を見て歩かないと転ぶぞ、ルジェ

「平気だよー!」

 両手を広げ、クルクルと回りながらルジェは歓声を上げる。
 彼女はランスロットとは違い、様々な地を渡り歩きながら仕事を請け負う傭兵だ。きっとこのトルゾニッツァだって初めて来た場所でもないだろう。しかしグランサイファーを降りてからと言うもの、ルジェはまるで何もかもが初めて目にするかのようにきょろきょろと見回しては踊るように歩く。
 そんなにバザーが珍しいのだろうか。ランスロットも歩きながら回りを見る。するといつの間にか隣に戻ってきていたルジェがランスロットの腕を取る。

「見てランちゃん、鳥の串焼き!」

「お前、いつの間に……」

 ルジェの手には鶏肉にタレを付けて焼いた串焼きが三本握られている。こういった時の行動力と瞬発力は流石だなと呆れていると、ずいっと顔の前に一本が差し出された。
 思わず受け取り、ルジェの顔を見ると目が合った彼女はにぱりと笑う。

「美味しいよって言われたから買っちゃった! ほら、ランちゃんも食べよ?」

「あ、ああ」

 ルジェは私生活の事になるとあまり深く考え込まない節がある。人に勧められたまま買い物をしたり、ふらふらと急に散策へ行ってしまう。
 自分が居る分に限ってはその部分を止められるから良いだろうが、その場に誰も居ないと大変なことになってしまう。前は一人で出掛けたら山のようにお菓子を買ってきてパーシヴァルに叱られていた。
 よし、今日の任務はグランサイファーの買い出しだ。それ以上の散財は認めない。串焼きを頬張りながら一人ランスロットは決意を新たにした。

「ん~~、おいしい~~!」

 にこにこと笑顔を浮かべながらルジェは串焼きを頬張っていく。二本あった串焼きも既に食べ切りそうな勢いだ。
 あっという間に食べ終え、満足そうにニコニコしているルジェに迫る人影があった。その男は人混みに紛れて近づくと、ルジェの前でふらりとする。どん、とぶつかる音。

「わっ!」

「おっと、すいません」

 ルジェとぶつかった男はぺこりと軽く頭を下げるとそそくさと足早に去って行く。

ルジェ、大丈夫か?」

 怪我をしてないか心配になったランスロットがルジェの肩に手を置こうとし──逆に荷物をぐいと押し付けられてしまった。意味が分からず、しかし咄嗟にランスロットは荷物を受け取ってしまう。

ルジェ?どうし──」

「スられた」

「え……?」

「今の奴、スリの常習犯ってとこかな。一応警戒してたのにまんまと盗まれた」

 ルジェの目がスッと細まる。その声は先ほどまでの少女のようなものではなく、もっと低い、剣呑さを帯びた声になっていて。
 どうするのか、とランスロットが口を開きかけたその時、目の前のルジェの姿が掻き消えてしまった。慌ててランスロットは気配を探ると、ルジェがとんでもない速さで人混みを進んで行っているのが分かる。見失わないように追いかけていると男の叫び声が前方から響いてきた。間違いなく、ルジェが何がしたのだろう。
 遅れてその場に辿り着くと、そこは遠巻きに騒ぎを見たい野次馬達の壁によって丸いフロアのようになっていた。その中心には男が床に這いつくばっており、その背に乗って腕を締め上げているルジェの姿があり。ランスロットが声を掛けようと手を上げ、そして止まってしまった。
 いつもの彼女とは別人なのではないかと思う程冷ややかな目をして組み敷いている男を見下ろしている。まるで獲物に狙いを定めた狩人の眼。

「……ルジェ?」

 恐る恐る、声を掛ける。
 その声は少し震えていたのかも知れない。何時もと雰囲気の違う彼女に気圧されたのかも知れない。或いは、見た事のなかった面に触れて不安を感じてしまったか。
 ルジェは古今東西、縦横無尽に空を往く傭兵だ。何時までも側に居てくれるとは限らないのだ。いつかはするりとランスロットの手を離れて何処かに行ってしまうのではないかという思いが胸に宿って。
 するとゆっくりとルジェが顔を上げ、振り返る。

「……聞いてよランちゃん! こいつ、私のお財布盗んだよ! ヒドイでしょー!?」

 眉を吊り上げ、頬を膨らませて組み敷いている男に文句を垂れる姿は何時ものルジェであった。一瞬前までとの差に驚いてしまい、ランスロットはぽかんと口を開けてしまう。
 そのランスロットを見てルジェが首を傾げた。

「……? どうしたの、ランちゃん?」

「い、いや。何でも無い。そうだな、近くに憲兵が居た筈だ。引き渡そう」

「うん!」

 男の上から退くとルジェは男の首根っこを掴んでずるずると引き摺り、近くに居た憲兵に引き渡した。にこにこ笑顔で離れて行くルジェの意識はとうに露店へと向いており。ランスロットはその切り替えの早さと、まだ食べるつもりであるらしいルジェに呆れて笑みを零す。

「団の買い物がまだ終わってないだろう?食料、消耗品、衣料品に──」

「え~! ランちゃんのケチんぼ~!」

 預かったメモを片手に読むと隣からぶーぶーと抗議の声が上がってランスロットははいはいと窘める。

「まずは食料品の買い出しからだ。店は……彼処だな。行こう」

「はーい。……ん?」

 ランスロットの隣を歩こうと足を出すと、不意に手にふわりと何かが触れてルジェは視線を落とした。それはランスロット側に向いている手。それが、蒼い甲冑から伸びる手と繋がっている。
 はて? と首を傾げているとランスロットから咳払いが聞こえてきた。なんだか妙に態とらしい。

「これ以上買い食いをされないようにしないとな?」

「もー! ランちゃんのいじわる!」

 ポコポコとランスロットの肩を叩く。からからと笑いつつ、ランスロットは握るルジェの手に僅かに力を込めた。
 まるで離さないぞと。ずっと傍に居てくれる事を願うように。
 その不安を何となく感じ取ってしまったのだろうか。ルジェが顔を上げ、にこりと笑うと繋いだ手をぎゅと握る。

「私は傭兵で、色んなとこに行くお仕事をしてるんだけど、今の帰る場所はランちゃんの居るこのグランサイファーだから。絶対帰ってくるから。何も言わずに居なくなったりしないから」

「……約束、してくれるか?」

 不安の色が浮かぶ瞳でランスロットはルジェを見下ろしてくる。それに応えるようにルジェは破顔するとランスロットに身を寄せた。

「勿論だよ! ランちゃんのいる所が、私の居場所でもあるから」

「そうか」

 ほっとしたように笑い、さてと気を取り直したランスロットはルジェを連れて露店の立ち並ぶ通りへと足を運んだ。
 ──決して離れないようにと、手を取り合いながら。


2016/11/6