空夜に潜む甘い罠
上等なシャンパンにも負けない爽やかなで高貴な黄金色。誰の目にも止まり、見た者の息さえ止めてしまいそうなくらい鮮やかな赤。深海の色をそのまま閉じ込めたかと思うくらい静止した穏やかな青。
色、色、色。見渡す限りにこの世のありとあらゆる色を持ち込んだのかと思うくらいその一室は鮮やかであり、華やかであった。
そこはグランサイファーの一室。ドレスデザイナーであるコルワに与えられた工房であり、形も色も様々なドレス達がトルソーに着せられて綺麗に壁際に並べられていて。
そしてその中心。採寸する為の台の上で肌着のルジェが、まるで迷子の子供のような表情で立ち尽くしていた。
「うえぇ……」
「情けない声出さないの。ほら、両手を肩の高さまであげて」
コルワに言われるがまま、両手を肩の高さまで上げた。するとコルワがメジャーを伸ばしながら近づき、ルジェの胸の位置でメジャーをぐるりと一周させる。その後は胴、腕の長さ、首周りなどなどを手際良く測量されていき、一通り測り終えるとルジェはぐったりとした様子で息を吐いた。
採寸台から降りてそこに腰掛け、測ったサイズをメモしているコルワを見上げる。
「ここまでしてもらって言うのもあれだけどさぁ、いつもの格好でいいじゃーん!」
「駄目よ」
コンマ数秒以下の即答っぷりだった。
ええーっとルジェは唇を尖らせる。
「フェードラッヘの復興祝いのパーティーなんでしょう? ルジェも参加するけど、きっと普段の戦闘用の服で来るから仕立ててやれってパーシヴァルから言われてるのよ」
「ええー!」
そう、今回ルジェはフェードラッヘの復興祝いのパーティーに参加する手筈になっていたのだ。別に自ら行きたいと志願した訳では無い。しかしグランやランスロット、ヴェイン、パーシヴァル、ジークフリート達に協力をしてフェードラッヘに蔓延る悪意を払い、救いの道を示した立役者として呼ばれていたのだ。
今回は他にも復興に活躍した兵士達の労いの為のパーティーという意味も含めている為、立食形式でそんなに堅苦しくないモノだと聞いていた。だから普段の、普段から着ている戦闘服で良いだろうと思っていたらこの有様だ。つくづくパーシヴァルは頭が回る。
「こっから縫ったりして時間掛かるんでしょ? 普通の服で良いんじゃ……」
「駄目よ」
二回目だった。
ピシャリとルジェの文句を弾いたコルワは、早速真白な紙にドレスの図案を書きながらも続ける。
「パーティーって言うのはね、それこそ女の子が綺麗に着飾ってお姫様のようになるキラキラした場所なの。それを何? 普通の服で行くって? ラフなパーティーとは言えそんなのはこの私の目が黒い内には許さないわよ。きちんとドレスを着て、メイクアップして、素敵な男性と出会った後二人で踊ったりしていつしか惹かれあい、恋に落ちる! そういうハッピーエンド以外なんて私は認めないわ!!」
筆を走らせながらもコルワの口撃はとまらない。というか、後半はもうルジェへの文句ではなく彼女の信条になってはいないか。
これは腹を括らねばなるまい。重い腰を上げたルジェはハンガーに掛けておいた私服を着、静かにコルワの工房を出る。扉を開けて出る間際、振り返ってコルワに声をかける。
「……それじゃ、よろしくね」
返事は無い。しかし一心不乱にペンを走らせる音が聞こえた。それを了承の合図と受け取り、ルジェは扉を閉めた。
◆◆◆
数日後。コルワが示したドレスの完成日であり、フェードラッヘの復興祝いパーティーの日でもあった。
憂鬱だ。一体午後は何をされるのかと思うとどうしても気分が上がらない。食堂で昼食を摂っているルジェはもそもそとした動きでローアイン特製のご飯を口に運ぶ。途中で「ルジェちゃんテンサゲだけどどしたん? 俺らのシーメーが激マズだったとか?」と不安そうなローアインが来てしまったのは申し訳なかった。ローアインのご飯はいつだって美味しいのだから。だからたまたま気分が優れないから、とだけ伝えた。納得いかない様子ながらもローアインは厨房に引っ込んでいく。
残った昼食を一気にかき込み、水で喉を通して胃に送り、よし! と気合いを入れたルジェは食器を返すと予定通りコルワの工房へと向かった。
「コルワー? 居るー?」
『ルジェね?ええ、入って』
扉ごしにくぐもったコルワの声が聞こえ、お邪魔しまーすと言いながらルジェはコルワの工房に入室した。
入室した、その瞬間。──部屋の中央に置かれたトルソーが纏う、蒼黒のドレスに目を奪われる。
息すらも止めて見入っていると、ルジェに気づいたコルワが近付いてくる。そして傍らに立つと手でトルソーを示し、説明を始めた。
「ルジェの髪は赤だし、エスコートしてくれる『彼』の事を聞いたらもうこの色! って思ったわよね。燃えるような赤髪に深海のような落ち着いた青のコントラスト! それにルジェは活動的だから、ハイアンドローを取り入れてみたのよ」
「ハイアンドロー……?」
一般的にはギャンブルのポーカーに用いられる言葉だ。提示されたカードより次のカードは数字が高いのか、低いのか、それを競うゲーム。
思いっきりポーカーの事を考えてたのが顔に出てたのか、コルワが違う違うと手を横に振る。
「フロントはミニドレスみたいに膝上なんだけど、バックは従来のドレスみたいにロング丈なの。ほら」
コルワはドレスの裾を捲りあげる。確かに。前だけ見れば短いドレスだが、全体はきちんとしたドレスになっている。
青を基調としたドレス。所々には黒いレースが編み込まれ、ふんわりとしたフリルも使われているが決して甘さは感じず、寧ろ凛とした雰囲気を与えてくる。着用した際は黒いオペラグローブも装着するらしい。
本当にこんな素敵なモノを着るのか、と不安げにコルワを見るが、にっこり笑顔のコルワはそっとルジェの肩に手を添える。
「ほら、着てきちゃいなさい」
「……コルワ、手伝って」
「勿論よ」
コルワが扉の鍵を閉めに行っている間にルジェはサッと服を脱いで肌着だけになる。そしてコルワはトルソーから脱がせた蒼黒のドレスをルジェに被せ、ルジェはもごもごと動いた内に穴から頭と腕を出す。そして最後は背中のファスナーをコルワに上げてもらい、微調整をしてオペラグローブを填めたら終わりだ。
用意してもらったエナメルの青いヒールを履き、立ち上がる。
「じゃあ、『次』があるから移動して頂戴」
「えっ!? 終わりじゃないの!?」
「当たり前でしょ! 後は髪のセットとお化粧! そっちはメーテラに頼んだから、ほら!」
「ええーー!!」
グイグイと肩を押されて工房を出される。ロクにドレス姿の自分を見れてないと唇を尖らすと、工房を出た直ぐ近くに彼女は居た。
「はーぁい、ルジェ♪」
壁に寄りかかり、ヒラヒラと手を振って楽しげな表情をしているのはこのグランサイファーの中で一、二を争う程女磨きに熱心な女性、メーテラだった。
「うぐ……宜しく、お願いします……」
「このお姉さんにまっかせなさーい!」
フヨフヨと、床上を低空飛行するメーテラのあとを大人しくついて行けば、たどり着いたのは彼女の私室だった。
中に入ると自室と本当に同じ作りか? と疑ってしまう程華やかで、何か分からないけどいい香りがし、整頓されているものの様々な服や化粧品があるのは分かった。思わず周囲を観察してしまう。
「ほらそこ、化粧台の前に座って座って」
促された通りルジェは大きな三面鏡がある化粧台の椅子に座った。三方向から所在なさげなルジェが覗き込んでくる。
ドレスなんて似合わなかったかなあ、なんて考えていると脇からにゅっと二本と腕が出てきて、ルジェの顔をペタペタとま探っていく。そして最後は『仕事の邪魔になるから』と括っている髪の紐を解いてしまった。バサリ、とルジェの紅髪が下ろされる。
「んー……。素材は悪くないしぃ、髪型は……うん、ここをこうすればいいわよね~~」
ルジェの後ろに立つ上機嫌そうに鼻歌を歌いながらルジェの髪に櫛を通し、手馴れた動作で編み込みをしていく。もう一本編み込みを作り、残った髪を顔の右側で纏めると編み込みと一緒に髪紐で一纏めにした。一般的にサイドテールと言われてるものだ。メーテラのアレンジが入っているが。
最後に少し調整をし、今度はルジェの化粧に取り掛かる。「目ぇ瞑ってなさいよ」と言われて瞼を閉じると、何かの液が肌に塗られていく感触だけが伝わってくる。それを何度か行い、次はパフで粉を掛けられる。ビューラーでまつ毛を上げられたり、色鮮やかな唇を塗ったりした後、ルジェの肩をポン、と叩いてメーテラは彼女から離れた。
「はい、メーテラお姉様監修のメイクよ! っていうか、アンタほんとーに化粧っけ無いのね。少しは興味持とうとか無いワケ?」
目を開けると、そこには十分前に居たルジェとは違う少女が三面鏡に映っていた。確かに自分なのに、そうでないふわふわとした感覚が何か擽ったい。頬を掻こうとして──いやメイクしてばっかりじゃないかと気付いたルジェは手を下ろすと肩越しに振り向いて苦笑する。
「ううーん……いや、化粧とか興味あると言えばあるんだけど、やるタイミングがないんだよねぇ」
傭兵として日がな一日働いていれば纏うのは硝煙の匂いと、泥や砂埃と、相手の返り血だ。とてもでは無いが化粧なんて出来やしない。
それを察したのか、ふぅんと相槌を打ったメーテラは廊下へと続く扉を指し示す。
「甲板に出たらアンタのエスコート役が城まで連れてってくれるらしいから、あたしはここまでって事で。は~~ぁ、少し寝よっかな~~」
役目は終わりだと言わんばかりにメーテラはボフンとベッドに飛び込んだ。
いよいよだ。決戦の地に向かうような心地でルジェは化粧台の椅子から立ち上がるとメーテラの部屋を出、慣れないヒールに苦戦しながらも甲板を目指す。
遂に甲板の扉が目の前に迫って来た。扉の前で一度立ち止まったルジェは深く深呼吸をすると、一気に扉を開け放つ。
「うわっ!? ……え、っと……」
「うん……?」
甲板に出ると扉近くに居た、扉を開け放った音に驚いた様子の青年と目が合う。誰だろうかと探るような様子だ。それに対してルジェも青年の様子を伺う。
所々に青と金をあしらった、燕尾服のような礼服に身を包んだ青年。髪は柔らかそうな黒いくせっ毛で、瞳は落ち着いた青ながらも意思の強そうな雰囲気を感じる。
と、言うか──
「ら、ランちゃん!?」
「ルジェか!?」
二人の声が揃い、日が沈み欠けている空に吸い込まれていく。
まじまじと礼服のランスロットを見つめにこにことルジェは笑う。
「エスコートしてくれるって人が誰か分からなかったし、ランちゃんはすんごく格好よくなってるし……一瞬どこの貴族の人が来たのかと思っちゃったよ~~」
「そ、そうか。ルジェこそ、ドレスが似合っている。髪型もいつもと、違うんだな」
僅かに頬を赤らめたランスロットは捲し立てるように話す。
ランスロットに褒められたからか、上機嫌になったルジェはその場で一回転してみせる。ふわり、とドレスのバックの裾が風に舞う。
「へへ、どう?」
「──」
沈みかけている夕日を背に、はにかんでみせるルジェ。
儚い程に一瞬の間ではあったが、それは至高の絵画にすら引けを取らない程美しく、ランスロットの心を強く掴んで離さない。
ランスロットは彼女に恋心を抱いている。だからこそ今日のパーティーで彼女も正装でやって来ると聞いたからエスコート役を進んで買って出たのだ。
ランスロットは彼女を愛している。しかし、彼女は傭兵で、自分はフェードラッヘの騎士団長だ。星の島・イスタルシアを目指していると聞く彼女に好意を告げるという事は、その旅の妨げになってしまう事と同義で。中途半端な好意の言葉をぶら下げたままの状態になってしまっているのは確かだ。
いつかは決めねばならない。彼女に想いを告げるのか、否か。
「……ランちゃん?」
「ん? ……ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「どうせまた騎士団のでしょ~! ほらほら、エスコートしてくれるんでしょ!」
ん! と得意げにオペラグローブに包まれた右手を差し出すルジェ。それを見てフッと笑い、ランスロットは胸元に手を当て、恭しく一礼してみせる。
「今宵、君に最高の時間を約束するよ」
蒼い瞳に燃ゆる恋心を隠して。
「なんてな?」と照れ笑いをしながら差し出されたランスロットの手を、ルジェは笑顔で受け取った。