或る傭兵との出会い
「ねぇねぇ、君がナマエちゃんで間違いないかな?」
初対面のドランクの一言目はソレだったと記憶している。
あまりの軽薄な言葉と雰囲気に私は胡乱げな視線を送り、今まさに飲もうとしていた葡萄酒のジョッキを机に置いた。
そこはアウギュステの街の、少し草臥れた酒場だったか。時間も夕暮れに差し掛かっていた頃だったから仕事終わりの男共が集まって麦酒を片手にどんちゃん騒ぎをしていて、かなり騒がしかったのを覚えている。
ところ狭しと並べられたテーブルとイス、そしてそこの合間を縫うようにして慌ただしく動く店員達。そんな騒がしく、人が多い状況にも関わらずこの男は難なく私を見つけ出し、声を掛けてきたのだ。これが疑わずには居られない。
「……確かに私はナマエですが。何か依頼ですか?」
私は一応、傭兵をしている。金さえくれれば出来る仕事はこなす。しかしより仕事が欲しいから、金が欲しいからと他の傭兵を潰すような輩も少なくはない。じっと青髪のエルーン男を伺っていると彼は流れるような動作で私の対面の席に座り、通りがかった店員に麦酒と魚の刺身を注文していた。まるで後から来た知り合いですよとでも言うような雰囲気だ。
それが少しイラッとして、彼を無視するように私は予め頼んでいた魚のマリネの皿を寄せるとよく合えられた魚と葉野菜をフォークで刺し、口に運ぶ。黙々と咀嚼をしていると視線を感じ、顔を上げた。するとにまにまと何処か楽しそうな様子で頬杖を着いて私を見ている男と目が合って。
更に苛苛とする。自慢ではないが、私はあまり気が長い方ではない。募る苛立ちをぶつけるようにマリネの魚にフォークを突き刺していると、運ばれてきた麦酒を一口飲んだ男が口を開く。
「あ、紹介が遅れたけど僕はドランク。もう一人組んでる傭兵が居るんだけど、そっちは別件で今動いててね~。僕だけで君に会いに来たんだ」
「……会いに来た?」
それはつまり、予め『誰か』に私の情報を聞いておいた上で接触してきた、という事か。
ますます怪しい。もしもこいつが怪しげな動作をしたら刺そう、と思って私はこそりと短刀を袖の下に隠して構える。
しかしそんな気など知らないとでも言うような様子のドランクはやって来た刺身を食べ、持っていたフォークをくるりと宙で回す。
「ナマエちゃんはさぁ、黒騎士って知ってる?」
「黒騎士……エルステ帝国の最高顧問。七曜の騎士の一人、ですよね」
エルステの黒騎士と言えば私のような傭兵にだって情報は流れてくる。
黒騎士。エルステ王国を帝政にし、首都をアガスティアに移して帝国を築く事に一役買った七曜の騎士が一人。だがその人物がどうしたと次の言葉待っていると、ドランクはにまにまとしながらも続ける。
「その黒騎士……僕ともう一人の雇い主様がさ、ナマエちゃんを雇いたいって言っててさ~」
「はい?」
思わずフォークを机に置く。
その黒騎士とやらを実際に目にした事も無ければ話した事も無い。なのに私をご指名してくるとはどういう事か。
私が混乱している様子が楽しいのか、ドランクは笑顔だ。此処が酒場じゃなかったら蹴り飛ばしている。
「……で、こっからはトップシークレットなんだけど~~。……黒騎士の本名、アポロニアって言うんだよね」
顔を寄せ、小さく呟かれた『その名前』に思わず私は席を立ちそうになった。だけどなんとか冷静さを保つとドランクの話を促す。しかし私の脳裏は、遠い昔の出来事を思い返していた。
アポロニア・ヴァール。歳は私とそう変わらない、大人しくて本が好きな少女だった。私は物心が付く前に両親を失っていて、それからはアウギュステで傭兵の真似事をしながら生きてきた。彼女と会ったのは偶然だったが、知り合った後は度々彼女の家に行ってはアポロニアが音読するのを聞いていたり、文字が書けない私に読み書きを教えてくれたりした。
母親が病気がちで、父親は旅に出たきりでたまにしか帰って来ないとも聞いていた。それを聞いた私は仕事の合間に前よりもアポロニアの元へ行き、共に遊んでいた。母親の具合が悪そうな時は共に看病し、或いは病気に効く薬草を採りにも行ったりもした。
平和で、穏やかな日々。それが終わりを告げたのは――アポロニアの母親の、死だった。
アポロニアは母親の死に目にすら立ち会わなかった父親を恨み、そして何時しかアウギュステの特待生として選ばれたアポロニアは、ラビ島のメフォラシュで空の歴史を学ぶ為に留学した――という所までは知っている。しかし彼女がいつしか七曜の騎士の一人になっているとは。だからドランクが私の事を知っていたのか。
「……アポ、黒騎士の願いであれば仕事は請け負いましょう。彼女は私にとって大事な『親友』ですから」
そう、唯一の友と呼べる存在。だからこそ、彼女が困っているのならどんなことでも良いから手助けがしたかった。彼女がまだ、私を友だと思ってくれているとは限らないが。
――それでももう、彼女の母親の死のような事は、起こしたくないから。
私の了承を聞いたドランクはふうん、と言いながら麦酒を飲む。そしてジョッキを下ろすと爆弾のような発言をした。
「って言う事は~、僕らと一緒に行動する事と同義なんだよねぇ。それこそ四六時中、ずっと一緒に」
「は……?」
惚けている私にドランクは一通の手紙を差し出してくる。差出人は『黒騎士』と、そっけない文字で書かれていて。封を開けて中を確認してみると、それは私が仕事を請け負った際の命令書のようなモノだった。
過去の事や仕事の情報は他言無用。アガスティアに赴かない時は近くの島に居る帝国兵に調査記録を渡す。などなど。そして一番私の目を奪った一文が――『情報収集などの場面を除き、常時三人で行動する事』。
思わず手紙をグシャリと握り潰してしまった。それを見ていたドランクが口笛を吹き、楽しそうに笑う。
「……失礼します」
「あれぇ~? どこ行くの? ナマエ『殿』ってば」
料理を残してしまうのが少し居た堪れないが、今は居ても立ってもいられない。ガタンと椅子を下げて立ち上がると、テーブルに片肘を付いているドランクと視線が交わる。
「今日の宿屋に帰るだけですが。貴方に関係ないでしょう」
「それが関係あるんだよねぇ~! 僕達これから一緒に行動してくんだからさぁ、仲良く行こうよ仲良く! あと僕、今日の宿まだ取ってないんだよね~」
「そこの路地で寝てください」
「ナマエ殿ってば辛辣!」
結局、この後私の泊まる宿屋まで付いてきたドランクは空き部屋に泊まり、次の日から私達は共に行動する事になった。
主な仕事はファータ・グランデ空域に存在する星晶獣や、各地に点在する遺跡の調査などなど。
仕事の内容は兎も角、このドランクなどという軽薄なエルーンと組む事になるなど思いもしなかった。大きくため息を吐きながら頭を抱える。
「ナマエ、今日は溜息が酷いぞ。五回目だ」
「ああ、すみませんスツルム。ちょっと、ドランクの言動を振り返っていて」
先を歩くスツルムが振り向き、眉を顰めてくる。しかし私の言葉に納得したように頷いた。
「なら、仕方ないな。あいつの言動は一々イライラとする」
「ちょっと二人共~! 僕の扱い酷くない!?」
スツルムと話しているとドランクがその間を割って入ってきて唇を尖らす。これももう、慣れてしまった。慣れたくはなかったが。
「それで、ドランク。次の行き先は?」
無理やり話を戻す。すると渋々といった様子のドランクが懐から地図を取り出し、何度か周囲を見回した。そしてある一方を指さす。
「あっちの方にある遺跡で調査だね。全くさ~、我らが雇い主様も人使いが荒いよねぇ? 四方八方、あちこちに調査に行かせてさ~」
「文句を言う暇があるなら歩け」
グサリと背後からスツルムの剣で刺されるドランク。盛大に上げる痛そうな声(絶対そこまで痛くない筈)に辟易しながらも、私も足を進めた。