過日の蒼紅
「そう言えばランスロット団長って、ルジェさんとはいつから付き合ってるんですか?」
「げほっ」
訓練の合間、束の間の休憩時間。ベンチに座って水筒を逆さにして水分補給を終えたアーサーが何の気なく、今まさに思いついたという口ぶりで発せられた質問に、少し離れた場所で運悪く水を飲んでいたランスロットは勢い良く咳き込む。
付き合うとは。袖で口元を拭いながらランスロットは考える。もしかして男女交際のことを指しているのか? ならばいつ頃からと答えるのが良いのだろう。そもそもこれは気軽に答えて良い質問なのか。勝手に言いふらしてルジェの機嫌を損ねたりしないだろうか。考え込んでいるとおずおずとモルドレッドが手を上げる。
「あのー……多分こいつ、いつルジェさんと出会ったのかって聞きたいんだと思います」
「そーそー! 息ピッタリだし仲良いし、ずっと一緒にいるのかなあなんて思って」
「ハハ……そういうことか」
良かった、別に自分達の交際期間を聞かれているわけじゃ無かった。安堵したランスロットはゴホンと一つ咳払いし、遠くの空を見つめて口を開く。
「あいつと知り合ったのは、俺が黒龍騎士団の副団長になってからだから数年の付き合いになるな。と言っても、ルジェとは最近……ファフニール討伐やシルフ様の一件が起きるまでは長い間会ってなかったんだ」
「……寂しくなかったんですか?」
アーサーが首を傾げる。
「寂しくなかった。……と言えば嘘になるな。けどあいつもこの空の下の何処かで戦ってる、そう思うと次に会った時に胸を張れるような、立派な騎士になろうと力が湧いたんだ」
「へぇー……」
「何かいいですね、そういう関係って」
小さく笑い、手元の水筒を手で遊びながらランスロットは過ぎ去りし日のことを思い出す。
あれはまだランスロットが黒龍騎士団の副団長に任命されて数ヶ月頃だっただろうか。国境付近で大規模な魔物掃討戦が行われた。それはあまりにも大規模だった為騎士団だけでは対処しきれず、傭兵や騎空士を大勢雇ったのだ。
野営地に天幕を張り、その中にある机に大きな地図を広げて騎士団・騎空士・傭兵の面々が囲む。各々が戦術や意見を述べ、精査したランスロットや知に長けた者が地図にどんどん書き込んでいく。やれ此処のポイントは魔獣を追い込みやすい、此処は見張りに適している。こうして情報を纏めてランスロットが作戦を立てるのだ。
「あの……」
外套を目深に被った、小柄な体躯の人物が地図の一箇所を指さそうと身を乗り出す。しかしその手は横合いにいる大柄な傭兵の体がぶつかってきたせいで防がれてしまった。小柄な体がよろめく。
「おっと、わりぃな。ガキなんて小さくて見えなくてよ」
「小遣い稼ぎなら他のとこでやんな!」
下卑た笑い声がする。周囲にいた傭兵たちも賛同するように笑っている。外套の者はそれで諦めたのかどうでも良くなったのか、手を下げて大人しくなってしまった。その一部始終をランスロットは視界に留めていて。
粗方作戦が決まり、じゃあ今日は解散だと告げて傭兵たちが各々の寝床の天幕に戻っていく頃。名残惜しそうにその場に留まって地図に目を落とす外套の者へランスロットが声を掛ける。
「何か良い作戦はあるか?」
「え?」
弾かれたように顔を上げる。フードの口から赤茶の長い髪が溢れた。女の子、なのだろうか。
言いづらそうに一瞬押し黙った彼女は、おずおずと手を伸ばして地図の一角に触れる。
「……此処、一昨日の雨で地盤が緩んでます。こっちのポイントに魔物を追い込むなら少し遠回りでも、安全な場所を通った方が良いと思う」
指が別の場所を示す。
「こっちは気性の荒い魔物が餌場を求めて移動してきてるから、この部隊の人数じゃ心もとないかも。もう少し腕に覚えのある人が欲しい」
その後彼女は幾つか指摘をする。彼女が指摘する箇所は確かに地盤が緩んでいると、或いは魔物の生態系に変化が見られたと団員から報告が上がってきている物もあって。情報の確実性は見られるし、戦術理論もきちんと筋が通っている。
ランスロットは目を見張る。まだ年端の行かない子供だろうに随分と戦場を渡り歩いてきたのだと伺わせるだけの知恵。だが同時に、幾ら知恵があっても見た目で弱いと決めつけられ迫害されてきたこともあるのだろうとランスロットは察した。先ほどの傭兵たちの振る舞いがそうであったように。
「あっ、挨拶が遅れました。私、ルジェ・ミョウジって言います。一応、傭兵です」
フードを外す。そこには少女の顔が収まっており。耳の高さほどで結わえてある赤茶のツインテールが外套の前で揺れる。顔立ちも少女と呼ぶべき年齢に見えて。一般的にはかわいいと呼ばれる顔立みなんじゃないか? そんなことを思っているとじっと食い入るように見てしまっていたらしく、咳払いしたランスロットはルジェに手を伸ばす。
「俺は黒竜騎士団副団長、ランスロットだ。この作戦の要はお前達傭兵の地の利に掛かっている。頼んだぞ」
「は、はあ………」
ぽかんとした様子でランスロットの言葉を賜る。ルジェどこか抜けた様子の彼女にランスロットは首を傾げた。
「……貴方は、私のこと信頼してくれるんですね」
「何故そんなことを聞くんだ?」
わずかに俯き、ボソボソとルジェは呟く。
「見ての通り私はまだ若輩で、若造で。若いからどんな意見言っても実力が伴わってないからって意見を通して貰えない時もあるし、さっきみたいにどつかれたりして黙らさせる時もあるし……」
「確かに、見た目と実力がとれていないな」
けど、と前置きをしてランスロットは続ける。
「お前はその分、ちゃんと足を使って下調べをしていたんだろう? 他の者が気づかなかったことに気づけたのはお前だけだ。もしこれを見落としてたら負傷者を出していたかもしれない。予め防げたのは、お前のおかげだ」
「…………!」
二つの瞳がぱちぱちと瞬きをする。そしてふにゃりと嬉しそうに破顔して。
「……へへ、ありがとうございます」
その年相応の笑みに何故か目が逸らせなくて。ドクリ、と心臓が胸を叩いた気もする。
「……よ、よし、今日はこれくらいにして体を休めよう!!」
気を紛らわすようにバタバタとランスロットは筆記具を片付けたり地図を丸めたりし始める。それをルジェも手伝い、粗方片付けたところで二人は解散する。
「掃討戦の活躍、楽しみにしてるぞ」
「任せてくださいっ!」
自信ありげに笑い、自分に振り分けられたテントへと向かっていく背中を見送る。
何時から彼女のことが気になっていたのかと問われれば、きっとその時からなのだろう。屈託の無い笑み、日向のように温かい人柄と――相反するように存在する『傭兵』としての冷酷なルジェの側面と、それを自分に知られたらと怖がる弱い部分なども接しているうちに次第に見えてきて。
それを守りたい、と思った。
汚れていると言う細い手を、握ってやりたかった。
重荷を背負うには少し大変そうな体を、抱きしめてあげたかった。
彼女は星の島を目指す者だ。だから定住地にならずとも――束の間、羽を休ませられる場所になれればと、思って。
そんなことを考えていると、傍らのモルドレッドから「あっ」と何かを見つけたらしい声がする。
「噂をすれば……」
モルドレッドが手のひさしを作り、城門の方を見やって嬉しそうに言う。その声に釣られてアーサーとランスロットも視線を動かし、どちらの顔も嬉しげに綻んだ。
「あっ、団長さん!」
「ルジェ!」
こちらに気付いたのだろう、向こうも手を振りながらやって来る。それが待ちきれないように駆け出したアーサーを追うようにランスロットも立ち上がってルジェを迎えに行く。
「あっ、おい! 俺も行くって!」
慌ててモルドレッドも立ち上がって団長達の所へ向かう。
澄み渡る蒼穹の空に、楽しげな笑い声が響く。