フラジール

 スマートフォンのカメラを自分に向けて起動して、アリカは化粧が崩れていないかチェックする。前髪も良し。バッチリだ。
 時間を確認する。指定された時間の十分前だ。場所もあらかじめマギーから聞いていた、彼の店の最寄り駅にいる。駅前で集合とのことだった。
 少し遠くに目をやる。誰が誰だかひと目で分かるその男女の集団を見、アリカは持っていたスマートフォンを胸に抱えて俯いた。大丈夫、GBNでは何度も会話したし、共闘したことだって何度もある。知らない仲じゃないのだ。大丈夫、大丈夫と、此処に来るまで何度も唱えた言葉をいま一度呟く。

 ──ウツギアリカは人が苦手だった。
 人と接することが昔から得意ではなく、リアルでは友達と呼べるような人はあまり居ないし、GBNではそういったことから基本的にソロの傭兵業だ。何を話したら良いか分からないし、受け答えも無愛想になってしまう。後で辟易してしまうくらいなら独りの方が楽、それがアリカの辿り着いた結論だった。
 だから今日の『レイドバトルお疲れ様会』だって、誘われた時からずっと迷っていたのだ。だって、自分が行ったって面白くないだろうから。それとなく断ろうとしたが周りに押されてなんだかんだ参加する流れになってしまったのと、シャフリヤールも参加するからというので──というところまで思い出して、アリカはふるふると頭を振る。別に、リアルで会ってみたいからとかじゃない。これはただの打ち上げだ。そう。皆が集まるから参加するだけだ。ただそれだけ。
 それだけ、なのだが……。

「……やっぱり、帰ろうかな」

 どうしても不安が勝ってしまう。誘ってくれた皆には悪いが、途中で体調不良になってしまったから行けない、と連絡しよう。そう思ってSNSを開こうとした時、不意に近くから声を掛けられた。

「おや、アリカ。帰ってしまうのかい?」

「ここまで来たけど、やっぱ私は……って、え」

 ごく普通に『いつもの』やり取りをし、ため息を吐いたところで、はたと気付く。
 ──ここ、リアルでは?
 画面から目を離し、バッと勢い良く顔を上げたアリカの目の前に、一人の男性が佇んでいた。
 大人と呼べるであろう齢の美しい男性。浅黒い肌に柔らかそうな金髪を持ち、琥珀の瞳がこちらを見つめている。トーブを纏った姿は『中東の富豪』と言えば伝わりそうな出で立ちだった。
 当然、アリカの知り合いにこんな人は居ない。しかし今、彼は自分の名を呼ばなかったか? そして何より、この声に聞き覚えは無かったか?
 心当たりにアリカは青年の顔を見つめる。琥珀の瞳が、楽しそうに弧を描く。

「あ、あ、あ、あんた……! シャフリ!?」

「リュック・アルジェだ。会えて嬉しいよ、アリカ

「なっ、なんで私がアリカだって。ってか、アバターと全然違うのに」

 アリカはリク達のようにリアルの姿をアバターに寄せていない。髪も目の色も、顔立ちや背格好も違う。唯一、声だけは変えようがないから地声だが、目の前の彼は恐らくアリカの姿を捉えて、静かに近づいていた筈だ。でなければ声を出した直後に目の前になんて居ない。
 ふむ、とシャフリヤール──リュックは口元に手を当ててわざとらしく考え込んで見せる。そうしてにやりと笑い、

「これも、君への『愛』が為せる技だな」

 などと言い、柔和に微笑んで見せるから、ボッと顔に火が集まってしまう。その微笑みは間違いなくGBNで見たシャフリヤールのもので、ああ本人なのだなと再確認させられる。

「~~~~っ! こんの、馬鹿狐!」

「そんな顔で言われても、愛しさが増すだけだが?」

「すぐ! そういう! ことを! 言う!」

 きぃーっ! と威嚇してみてもどこ吹く風といった様子で。悔しい、一生勝てない気がする。
 アリカが一人で息切れしていると、上品な動作でシャフリヤールが手を差し出してくる。

「折角の機会だ、ここで帰るのは勿体ない」

「…………そこまで、言うなら」

 手を重ねる。不貞腐れた素振りをすれば柔らかく微笑まれ、アリカはふいと顔を逸らした。
 やっぱりこの男、どうしようもなく苦手好きだ。

「……あ! シャフリさん、その人って……!」

 手を引かれて集合場所に向かえば、リクの嬉しそうな声によって七人分の視線が一気に集中してアリカはたじろいでしまった。萎縮して足を止めてしまうが、大丈夫だと言うようにシャフリヤールがアリカの背に手を回す。
 一度息を吸い、覚悟を決めたアリカは軽く頭を下げる。

ウツギアリカです。……ええと、今日呼んでくださって、有難うございます」

「あらあらあらぁ、と~~っても可愛い子じゃない! イメージ通りの姿って感じ! 学生さん? リッ君たちよりは年上かしら?」

「え、いや、あの、ぐぇ」

 矢継ぎ早にあれこれ聞かれて目を白黒とさせていると、いつの間にか近づいていたマギーが思いっきりアリカを抱きしめる。GBNの中では何度かされたハグだが、リアルではそもそも誰かとハグをすることが初めてだ。暫くは唐突な出来事にされるがままだったが、ハッと正気に戻ったアリカはマギーを引き剥がす。

「暑苦しいってばマギー! あと痛い!」

「あらやだ! ごめんなさいね、アリカちゃん」

「なんだよ、ちったぁ解れたみたいじゃねぇか」

 パッと離れたマギーの傍らで、楽しそうにフンと鼻を鳴らす大柄な男はタイガーウルフか。アリカはべーっと舌を出す。
 パン、とマギーが手を打って注目させる。

「さっ、アタシの店に行きましょ!」


◆◆◆

 マギーの運営するバー・『アダムの林檎』に向かい、モモカがカバンから取り出したモビルドール・サラとの会話もそこそこに、皆はグラスを掲げて乾杯する。それぞれが雑談を繰り広げている様子を眺めながらアリカはグラスを傾け、りんごジュースを飲む。
 場所こそ違うものの、中身は同じなのだ。GBNとなんら変わらない和やかな雰囲気で皆が楽しんでおり、アリカも人知れずホッと息を吐く。
 タイミングを見計らってコーイチに声を掛け、モビルドール・サラについて色々と聞く。先程シャフリヤールが見抜いた通りGPDの技術が使われているらしく、アリカにも覚えのある技術の幾つかが盛り込まれていた。なるほど、と本人の許可を得てサラを手に取り、あちこちを触ってみる。しげしげと見つめていれば恥ずかしそうにサラは笑っていて。
 ある程度話したところでコーイチはキョウヤに声を掛けられ、アリカに断りを入れてからそちらへ向かう。一人になったアリカは椅子に腰掛けてマギーにジュースのおかわりを頼む。作っている様子をぼんやりと机に頬杖ついて眺めていれば、隣の椅子に誰かが座った気配がした。

「楽しんでいるかい?」

「シャフリ。……まあ、それなりに」

 マギーからジュースを受け取り、ストローで啜る。横目でシャフリヤールを見れば、彼はなにやら重厚そうなケースを開けている最中で。
 中身を視認したアリカの表情が、パッとほころぶ。

「セラヴィーガンダム! プトレマイオスもある!」

「手にとって見てご覧よ」

「良いの!?」

 宝物を見つけた子供のようにアリカは瞳をキラキラと輝かせ、喜色の浮かぶ顔でシャフリヤールを見やる。にこやかに頷いたシャフリヤールがセラヴィーガンダムを手渡すと、慎重な手付きで受け取ったアリカは色々な角度から眺めたり、可動するパーツを動かしてみたりする。

「わあ……! 本物のシャフリのセラヴィーだ……仕上げの緻密さが全然レベル違う……この部分は……へーこうなってるんだ……」

 独り言を呟きながらセラヴィーガンダムをいじる楽しそうな様子を見、机に頬杖をついたシャフリヤールはくすりと笑う。
 飽くなき探究心とガンダムに向ける愛。そしてなにより、その純粋な笑顔に惹かれたのだ。つくづく愛おしいと思う。……普段の照れ隠しの態度も含めて。

「よし、君が存分にセラヴィーを満喫したら私とデュエットしようか。あそこでリク達が今歌っている」

「い、いや私、人前で歌ったことなんて──」

「二人で歌うならばSEEDのMomentだろうか。アリカの十八番を二人で歌うという手も……」

「言ってない! 誰も歌うって言ってない! あっこら、タイガーウルフ! マイク押し付けようとするな!!」

 なんだかんだマイクを受け取ってしまい、アリカは何曲かシャフリヤールと歌う羽目になるのは、後の話だ。
 にぎやかな宴は、日が落ちるまで続いていく。


2020/11/16