人殺しの歌、錆びれた剣
その日の放課後、月永レオはスタジオの中央に(何故か)あるローテーブルの一角を陣取り、ああでもないこうでもないの問答を一人で小一時間は続けていた。
新曲に関係する事だろうか、とその場にたまたま居合わせた瀬名はレオの手元をひょいと覗いてみるが、そこには真白な五線譜の紙も、ペンも無い。
作曲の事以外で何か問題ごとでも?不安に思ってレオの側で立ち尽くしながら考えていると、「そうだ!!」と突拍子も無く挙げられたレオの声にびっくりしてしまう。この『王さま』の奇想天外な動きには慣れたつもりだったが、それでも驚く時は未だにある。
「な、何なの王さま」
「なあセナ! セナなら分かるだろ?」
期待に満ち満ち溢れたキラキラとした視線が下から注がれる。しかし一を聞いて十を知る程頭の回転の早い瀬名でも無く。腕を組んでぶっきらぼうにレオを見下ろした。
「せめて主語位は言ってくんない? で、なんなのぉ?」
「志希に告白する方法!」
あっけらかんと言われた答えに瀬名は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしてしまったに違いない。
ミョウジ志希。瀬名の認識であれば、彼女は演劇科に所属するレオの幼馴染の少女だ。一度舞台に上がってしまえばどんな役柄も演じきってみせる、将来が有望視されている演じ手の一人。
しかし極度の人見知りと恥ずかしがり屋で開演直前で逃亡することもあるらしい。だからそこ威圧的な瀬名が怖いそうで、後輩イビリが好きな瀬名の格好の餌になっている事を、彼女は知らない。
閑話休題。瀬名にとって志希とは、レオをひたむきに支える健気な少女である。そして何より――
「あんた達、とっくに付き合ってると思ってたんだけどぉ?」
「へ?」
互いを互いに大好きだの言ったり、本人の居ない所で惚気たり、志希がレオの世話を甲斐甲斐しくする姿を見れば百人中百人は付き合ってると答えるだろう。
う~~んと唸りながらレオは頭をぐしゃぐしゃと掻き、一つ一つ言葉を探るように呟く。
「……ほら、おれとセナって『バックギャモン』の時に導入されたドリフェスの制度で『Knights』を名乗っただろ? そんで『チェックメイト』で元『チェス』の奴らとの血塗ろの抗争を繰り広げて、勝ち進んでったおれ達は最後、校内ドリフェスという事を忘れて踊って、歌って、とんでもなく低い投票と罵詈雑言を貰った。それからおれは『裸の王さま』として、惨め踊って、このKnightsだけは守ろうとした。その結果がまあ、あれなんたけどさ」
身も心もボロボロで、好きな作曲すら脳裏に浮かぶのは呪詛と罵詈雑言でインスピレーションなんて湧いてこないから出来なくて。そんな時でも、見放さずにずっと側に居れてくれたのが志希だった。
「だから復学して、Knightsとして活動して、思ったんだ。けじめ付けないとな~ってな」
このまま幼馴染だからと、ずるずると友達以上恋人未満の関係は止めにしたいと、レオは言うのだ。
ふぅんと相槌を打ち、瀬名は続ける。
「……で? 王さまは何悩んでるワケぇ? そんなのさっさと好きだ、って言えば万事解決じゃん」
「それじゃいつもと同じように受け取られて「私もだよ~」なんて言われるに決まってるだろ! 陳腐過ぎて有り得ない!」
要は告白するに相応しい場所と、タイミングと、セリフが必要なのか。ふむ、と考えた瀬名はパチンと指を鳴らすと一つ提案をする。
「ならさぁ、明日――」
◆◆◆
『レオくん、今日一緒に帰れる?』とショートメールを送ると『花壇で待っててくれ!』と言われ、言われた通りに志希はHRが終わると中庭にある花壇へと足を運んだ。誰か手入れしている校内アルバイトの生徒が居るのか、花壇は何処を見回しても季節に沿った花が満開に咲き誇っていて。種類も育ち方も違うのに、こんなに綺麗に咲かせるのは凄いなぁとしゃがんで間近で花を眺めていると、そんな志希の背中に掛かる声があった。
「志希」
「あ、レオく――」
立ち上がって、振り向いた刹那。志希はすぐ側に立っていたレオを見てきょとんとした。
今から帰ると言うのに彼はKnightsの衣装に身を包み、引き締めた表情をしていて。これではまるでライブでのアイドル『月永レオ』ではないか。
「えっと……レオくん? どうしたの?」
「今日は志希に大事な事を伝えたいから、ここに呼び出したんだ。今までの感謝と、謝罪を」
スゥ、と息を吐き、橙色の髪をした騎士は朗々と告げる。
「昔から今まで、おれの側でおれを支えてくれてありがとう。志希がいたから、おれはきっと今もKnightsのリーダーとして返り咲く事が出来た」
「そんな、大袈裟だよ」
胸の前で志希は両手を振る。しかしレオは続ける。
「それと、今まで済まなかった。『幼馴染』って関係に甘えて、おれは志希に頼りっきりだった。友達以上、恋人未満のぬるま湯のような関係に甘えていた。だから――」
志希の前で片膝を付き、志希の左手を取る。そしてポケットから取り出した銀の輪を彼女の薬指に填めた。
「これって……」
夕焼けに透かすように、志希が空に左手を翳す。薬指に填っている銀の輪はシンプルだが、緻密で繊細な模様が描かれており。
これって、つまり。
両手を胸の位置でギュッと握った志希はレオの次の言葉を待つ。その頬は、少し紅潮している。
「志希。これからもおれはお前に迷惑を掛けるかも知れない。だけど、それでも前に言ってくれた『ずっと側に居る』事をしてくれるっていうなら――おれと付き合ってほしい」
満開の花壇の中、愛しの彼に跪かれて愛の告白を受け取るなど、プロポーズも等しいではないか。
胸の前で抱いていた両手で顔を隠し、志希はその場にしゃがみこんでしまう。流石にこれは予定に無かったのか、慌てたレオは志希に近づくと彼女の背中を摩る。
「志希!? 嫌だったのか!? おれが!? それともシチュエーションがっ!?」
ガシガシガシと志希の背中を摩る。するとややあって両手を外した志希と目が合った。やはり泣いていたらしく、目が赤い。
「ち、ちが……その、嬉しくて、嬉しすぎて泣いちゃって」
「そうなの!? おれてっきり志希に嫌われてたのかと思ってたんだけど! 断られたら屋上から紐なしバンジーしよっかなとか思ってたんだけど!?」
「紐なしバンジーは絶対止めてね。ええと……」
赤くなった目を擦り、ゆっくりと言葉を選びながら志希は言う。
「レオくんは支えてもらってるって言ったけど、それは違うよ。私だってレオくんに助けてもらってるもん。幕が上がる前の舞台で、レオくんに手を握っててもらうと安心出来るし、悩んでたらアドバイスくれるでしょ? だからお互い様というか……ギブアンドテイク? みたいな……」
「長い! 一行で!」
「ええっ!? ええっと、つまり、その、」
もごもごと口を動かした後、意を決したように志希は叫んだ。
「これからも、『ずっと』一緒に居させてください! 宜しくお願いしますっ!!」
「志希~~~~っ!!」
「きゃ~~~!?」
ガバッとレオに抱き締められ、驚いた志希は尻餅を付いてしまう。しかしそれは瑣末な問題であり。志希はレオの背中に腕を回す。
「ふふ、レオくん大好き!」
「おれは志希を愛してるからな~!」