たがう眸
《ッ――ふざけるなッ!!》
『灰の機神』から反響して響くリィンの声が、ガラスの窓を一枚挟んで聞くかのように遠く感じる。スカーレットを名乗る帝国解放戦線の幹部を倒す為にと握った拳も、構えた足でさえも、まるで自分のモノではないかのように力が入らない。
わたしは只、その場に立ち尽くして蒼く染め上げられた騎士人形を見上げている。
《俺たちと過ごしたあの時間も! トワ会長やアンゼリカ先輩、ジョルジュ先輩との関係も! 全部偽物だって言うのかよ!? あの学院祭のステージも――嘘だったって本気で言うのかよ!!》
《……、それは……》
リィンの激昂とは対照的に、つい昨日までは一番近くにいて、一番愛しかった彼の落ち着いた声が反響して蒼い騎士人形から聞こえてきた。中に入っている彼の顔は当然伺えず、声音でしか感情が判断出来ない。
やや間を置いて彼――クロウは言った。
《ああ――その通りだ》
「……っ!」
一番聞きたくなかった、肯定の言葉。無我夢中になり、わたしは叫ぶ。
「っ、なら……だったら! あの言葉も、想いも、全部嘘だって言うの!? 学園祭で一緒に回った時のクロウ、後夜祭で一緒に踊ろうって誘ってくれたクロウ、戦闘でいつもわたしのサポートをしてくれたクロウ、わたしを……」
気丈に振舞わなければならないのに、毅然と立っていなければならないのに。頭とは裏腹に心はこの時ばかり素直で、叫んで想いをぶつける程に声が震えてしまう。
「わたしを……好きだって言ってくれた、クロウの言葉も……?」
《バレンシア》
普段聞いていた声よりも幾分はトーンを落とした声でクロウが呼ぶ。叫んでいる間に段々と俯いてしまっていたわたしは顔を上げた。感情の読めない騎士人形がじっとわたしを見下ろしていて、見えない筈なのにクロウと視線が合ったような気がする。
《……言ったろ? クロウ・アームブラストは帝国解放戦線の作戦の足掛かりとして士官学院に入学したに過ぎない。……全部がフェイク、嘘ってわけさ》
「……あ…………」
リィンとの会話で薄々感じていて、だからこそ気付きたくなかった事。しかし実際言葉にされて言われるとクる物があり――目眩のように視界が歪み、立っていられなくなったわたしの体はふらつく。
「バレンシアっ!?」
「おい、しっかりしろ……!」
両脇から支えられる感覚。声からしてアリサとユーシスなんだろう。力の入らない足で何とか立ち上がろうとして、やっぱり無理で、アリサに少し寄りかかりながら私は立つ。無理しなくてもいいのに、とアリサの心配そうな声が聞こえてわたしは僅かに笑って返した。確かに無理をしている自覚はある。けれど、此処はある意味正念場だ。しっかりこの様子を目に焼き付けないときっと後悔する。
そうして顔を上げると、クロウがスカーレットの使っていた機甲兵用のブレードを刺さっていた地面から抜き、リィンに投げ渡す所だった。弧を描いて空を飛ぶ剣をリィンはしっかりと受け取る。
《お前の刀に比べりゃナマクラだが、我慢してもらうぜ。そろそろケリを付けようじゃねぇか?》
「《C》の得物……」
「やはり、先輩が《C》なのか……」
クロウが取り出したのは蒼く塗装された機甲兵用のダブルセイバーだった。帝都の地下墓所で《C》と対面した事のあるラウラとマキアスが呟く。
《悪いが、その『灰の機神』に粘られると後々面倒なんでな。士官学院共々、ここでぶっ壊させてもらう。お前ら含めた学院関係者も……まあ、全員軟禁ってトコか》
《そうか――》
『灰の機神』が……いや、リィンが切っ先をクロウに向ける。
《だったら……俺が勝ったらどうするつもりだ?》
《……クク。お前が勝ったら50ミラの利子を耳を揃えて返してやるよ。何だったら、今度はお前の後輩になってやっても良いぜ?》
《分かった、それで行こう。だが……》
《だが、何だ?》
《それに加えて、バレンシアに土下座だ。殴られる覚悟だけはしておけよ》
蒼の機神から忍び笑いが聞こえた。いつも聞いていた、あの独特の笑い方が。
《クク……そりゃあ、腹括る勢いで覚悟しないとな》
《言っておくが、利子は莫大だからな。そして後輩は先輩の言う事に従うのが筋だ……戻って来て貰うぞ――クロウ》
《ナマ言いやがって……だがまあ、その辺りが落とし所ってヤツだな》
ひと呼吸置き、クロウが続ける。
《……最後に一つだけ忠告しといてやろう。お前がまだオレの事を『大事な悪友』だと思っていやがるなら……それは今――この場で捨てる事だ》
《っ!》
《殺す気でかかってきな。でなきゃ――死ぬことになるぜ》
《っ、クロウ……!》
ズズズ、とにわかに大地が振動し始め、ラウラが目を細めた。エマが二体の機神を見やり、険しい表情をする。つられてわたしも機神を見ると、はっきりと視認出来る程に機神から闘気が昇っているのが分かる。
「二人の闘気に連動した、膨大な霊力……」
《ッおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!》
《らあああああああああああああああああ――ッ!!》
二人が叫び、得物を構えて動き出し、そして――激突した。
◆◆◆
「や、やったの……?」
二人の戦いの様子を固唾を呑んで見守っていると、焔を宿した一太刀を喰らった蒼の機神がガクリと膝をついた。わぁっと皆が湧き、リィンが勝った事に喜ぶ。これでクロウが戻ってきてくれる――そう思った矢先に、蒼の機神に異変があった。皆の視線がそちらに向かい、様子を見る。
膝をつき、全エネルギーを消費した筈の蒼の機神がどういう訳か立ち上がり、闘気を発していて。クロウが『奥の手』を出したのだと言った。そして、たったひと振りで灰の機神を戦闘不能に追い込んでしまった。
さっと全員で顔を見合わせる。灰の機神は間違いなくこれからの帝国の内戦に必要なモノだ。それを今此処で壊されたらどうなるか。直接会話なんてしなくても、皆の考えは分かったし、伝わってきた。そうなるとやる事は只一つで。
『させるか――!!』
《……!》
仰向けに倒れた灰の機神の足元に、各々が得物を構えて蒼の機神の前に立ち塞がった。
《みんな……一体何を…………》
「皆で決めたの! 貴方をここから逃がそうって!」
「何とか立て直して、此処から離脱するがよい!」
《そ、そんな……そんなの出来る訳ないだろう……!?》
「良いから行きたまえ……! 帝都が占領された以上、これから内戦が始まるだろう!」
「例え遅れを取っても、帝国全土の正規軍は精鋭……多分、熾烈な戦いになる」
「でも、リィンとその『灰の機神』がいたら……貴族派でも、革新派でもない、第三の『力』が存在したら……!」
「必ずやその流れを変える『風』となってくれるだろう!」
《……だ、駄目だ……! 生身で敵う相手じゃない! みんなこそ逃げてくれ……!》
「フン、満身創痍のお前に心配される謂れは無いな」
「そーそー。ボク達に任せときなって!」
「第一、色んな危機を乗り越えてきたⅦ組の皆が力を合わせるんだよ? 撃破は出来なくても牽制くらいなら……!」
「私達も、この場を切り抜けたら教官達と合流しますから!セリーヌ、リィンさんをお願い!」
《って言われても……》
呆れたような、女の人の声がする。そしてその声は何かに気づいたようにハッとすると声を張り上げた。
《ヴァリマール、離脱して! なるべく遠くへ――でも帝国内のどこかに!》
《か、勝手なことを言うなッ!!》
しかし、灰の機神は女の人の声の命令を受諾したのだろう。ゆっくり起き上がると背部に取り付けられたブースターのような物が起動し始める。視界の端で機神が空に飛び上がった。けれどそれを眺めている暇は無い。クロウが――蒼の機神がダブルセイバーを構えてわたし達に近づいてきたのだから。
《やめろ、やめてくれえええええええええええええええええええ!!!!》
リィンの悲痛な叫びが反響して聞こえる中、わたし達は蒼の機神に向かって駆け出した。