パレイドリアの残照

零度の情景

 バン、と重い破裂音が空を切る。弾の当たった魔獣は醜い断末魔を上げながらその体を草原に倒した。よし、と勘定しながら導力銃をくるりと回し、短く息を吐く。
 残る獲物はどこだ、と周囲を探ろうとした瞬間。

「――バレンシア!!」

 クロウの声が聞こえるまでそれに気づかなかったのは、目の前の魔獣を倒して気が抜けたのかも知れない。油断が生まれたからかも知れない。
 兎に角注意を疎かにしてしまって、それがバレンシアの背後で巨大な爪を振り上げるまで振り向けなくて。
 振り向いた目と鼻の先に、獰猛な爪が映る。視界に倒し損ねた魔獣が入る頃には何もかもが遅い。

「――あ、」

 ――あ、やばい。
 場違いな程間抜けた思考が過ぎた。間に合えと思ってブレードと導力銃を交差させようとする。圧倒的遅いと頭の中で冷静な部分が警告をしてくる。
 その時だった。
 ドン、と重低音と共にバレンシアの体が傾いて草原に転がる。重い衝撃が伝わってきて。次いで魔獣の咆哮と、肉を裂く嫌な音がする。全てを理解した時には、全てが終わっていて。
 視界いっぱいに見慣れないカーキ色のコートと薄灰の髪が映る。事を理解したバレンシアはカタカタと震える腕を伸ばし、自身に覆い被さるように抱きしめているクロウの背に手を伸ばした。ぬるり、と嫌な感触がする。

「なん、で」

 震える声の問いに、クロウは痛みに顔を歪ませながらも口角を上げて、そこで限界だったのだろう。フラリとグラついたクロウはバレンシアの上で倒れ伏してしまう。
 クロウの体の下から這いずり出て、うつ伏せで倒れたクロウを仰向けにして抱き起こす。
 嫌でも思い出す。思い出される。血の匂いも、色も、草原に倒れ伏す蒼の騎士も、なにもかも。
 嗚呼――煌魔城での最期と同じだ。
 気が遠くになりかけて、なんとか歯を食いしばったバレンシアはARCUSを取り出し、クロウの傷口に回復魔法をかけ始める。大丈夫、あの時の傷ほどじゃない。助かる。と自分に言い聞かせながら。その顔はどっちが死人か分からないほど青ざめていた。
 傷が塞がり始めてくると苦しそうに顰めていた顔が穏やかになり、荒かった呼吸も落ち着き始める。EPが尽きるんじゃないかと思うほど入念に回復魔法をかけて、クロウの容態が安定したことを確認したバレンシアはARCUSをしまうと大きく息を吐いた。その手はまだ震えていており、心臓はバクバクと慌ただしく動いている。
 また失うのかと思ったのだ。同じような状況で、同じように何も出来ぬままクロウを看取ることしか出来ないのかと。だけど、今回は助けられた。
 安堵したバレンシアはグローブを外し、クロウの血の気のない色をした頬に触れる。

「……冷たい」

 雪に埋もれた人だとか、極度に体温の低い人だとかとは明確に違う冷たさが手のひらに伝わってくる。
 ――死者の温度。今のクロウが仮初の生だとありありと自覚してしまう。この一時の邂逅も『ボーナスステージ』なのだと。
 黄昏が明ける頃には二度目の別れを告げなければならない。そんなのは嫌だ。もっと一緒に居たい。なんでクロウだけが。なんで。どうして。
 ぐちゃぐちゃになった感情は涙となり。ポロ、と零れてクロウの頬に落ちた。クロウの瞼が震え、ゆっくりと持ち上がる。

「……バレンシア……」

「クロウ」

 バレンシアはとめどなく溢れる涙を拭う。

「なんで……わたしなんかを庇ったの!? わたしが怪我をすれば済んだ話なのに庇ったりして!!」

「は、はぁ!?」

 これにはカチンと来たのか、クロウが上体を起こしてバレンシアに向き直る。

「守りてぇと思ったから守るのが悪ぃのかよ!! お前が傷付くのは二度とご免なんだよこっちは!!」

「だからって体ごと盾にして前に行く!?」

「おーおーその言葉そっくりそのまま返してやらぁ」

「あっ、あの時とは状況も全部違うでしょ!? わたしが! 言いたいのは!」

 握りこぶしを作り、ドンとクロウの胸板を叩く。

「わたしを庇う時にっ、前に立って体張って庇わないでよ!! 嫌でも思い出しちゃうでしょ!! 煌魔城の時のことを!!」

「……!」

 こぶしをクロウの胸板に当てたままバレンシアは俯き、嗚咽を漏らす。バツが悪そうに頭を掻いたクロウは腕を伸ばし――触れるか否かのタイミングで一度躊躇し、それでもバレンシアを抱きしめた。動揺する気配が伝わってくる。

「……悪かったな、バレンシア

「……ううん」

 クロウを責めるのはお門違いだと言うのは分かってる。あの場でクロウが立ち塞がらねば自分たちは誰一人無傷で居られなかっただろう。
 分かっている。頭では理解していても感情は追い付いてくれない。何度だって「なんで」と思うし、何度だって「どうして」と思うのだ。
 何を紡げば良いのか。迷っているとポン、とクロウに頭を叩かれる。

「……だったら、二人で並んで戦えるようになろうぜ。前みたいによ。得物が違うからちっとばかし練習しなきゃならねぇけどよ」

「クロウ……」

 クロウの背に腕を回し、強く抱きしめながらバレンシアは頷く。

「うん……うん! 皆がびっくりする位の連携、みせちゃお!」

 二人でいれば、必ず強くなれるから。



2019/06/13

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