鏡の奥に見た幻影
《鏡の城》を歩き進む。かつてはリィンたちⅦ組と、そして最近ではクロウと遊びに来たMWLのアトラクションだが、《黒の衛士》たちの手によって異界化したそこは、以前来た時とまるで雰囲気が変わっていた。
古城や僧院などの場所とはまた違った、不気味な雰囲気。入ってからというもの、バレンシアの表情は緊張しているかのように硬かった。
魔物を倒して歩きながら、クロウは少し後ろを歩くバレンシアに振り返って声を掛ける。
「どうした、バレンシア。もしかして怖ぇのか? だったらお兄さんが手ぇ繋いでやるけど?」
「ちょっ……バカにしてるでしょ! 別に怖くないってば! ただちょっと……」
「ちょっと?」
チラ、と横目で通路の横を見る。そこには巨大な鏡が壁のように張られていて。
鏡は自分を映すモノだ。当然、見つめた先には同じく不安そうな顔で見つめ返してくる自分の姿が居て。
「なんというか……不気味でやだ。この間クロウと来た時は綺麗で幻想的だなって思ったのに……沢山の自分に見られてるみたいで」
ぎゅ、とクロウの上着を握る。「やっぱこえーんじゃねえか」とからかい混じりに笑えばポコポコと背中を叩かれてしまった。
「もうっ! 先行っちゃうからね!」
上着から手を離し、小走りでリィンのところへ向かっていった。やれやれとクロウは後頭部で手を組みながらその背を追う。
――意識が前に向いて、気づかなかった。
駆けていく鏡の中のバレンシアが楽しげに笑ったことに、バレンシア自身も、クロウも。
◆◆◆
ごとん、と何か装置が動く音がしたと気付いた時、全てが遅かった。
「しまっ――」
気付いたリィンが回避行動を取るよりも早く、足元の床が左右に開いてぽっかりと暗い穴を覗かせる。俊敏性に富んだフィーやバレンシアすらも避けることが出来ず、全員が暗い穴に飲まれていく。
「よ……っと!」
幸いにも受け身が取れない距離ではなく、怪我なく身軽に着地したバレンシアは上を見上げた。落ちた穴から此処までおおよそ三、四アージュ程か。流石に道具なしでは登れない。
それにしても薄暗い。照明が機能していないのだろうか。辺りを見回しながらバレンシアは皆の名を呼ぶ。
「フィー? ラウラー? リィンー、クロウー? 誰か居ないのー?」
普段なら周囲に人気が無いか直ぐに察知が出来る。しかし此処が異界化してるからだろうか。感覚が遮断されてるかのような妙な気配があり、少し離れた暗がりに誰か居るのかすら分からない。
「おーい、無事か?」
「クロウ! 良かったぁ」
声のした方へと向かえば、ひらりと手を振りながらこちらにやって来るクロウの姿が視認出来て。良かった、とバレンシアはほっと息を吐く。
バレンシアが頭上を指差す。
「どうしようクロウ、すごい落ちちゃったよ」
「落ちちゃったって……呑気かよお前。ほら、どっかに脱出の手立てが無いか探すぞ」
「はーい」
くるりとクロウに背を向け、バレンシアは近くの壁に何か無いか探しに行く。
その刹那――ドンとけたたましい発砲音が轟いた。
銃を握るのは、クロウとバレンシア。しかし引き金を引いていたのは――バレンシアだけだった。
額に穴の空けて硬直する『機械の偽物』を冷めた目で見つめながら、バレンシアはブレードを構える。
「バカみたい。わたしを騙せると思った?」
バチバチとスパークを発する機械の前に歩み寄り、ブレードを高く振り上げる。一瞬苦々しそうに渋面を作ったバレンシアだったが、一思いにブレードを振り下ろした。がしゃん、ばきん、と音を立てて壊れていく機械。
黙々とブレードを振り下ろし、誰を模した機械だったのか分からなくなるほど破壊し尽くした後、へたりと力が抜けたようにバレンシアはその場に座り込んだ。
確信はあった。自分に話しかけてきたコレがクロウ本人ではないことを。リィンが遭遇した『アリオスの偽物』のように、外面と本人の性能を模しただけの機械だというのが。
それでも、だ。最愛の人と同じ顔をしたモノに刃を振り下ろすという行為は大分精神的にキツいものがあった。これがもし機械ではなくて本人だったら、なんて考えもよぎってしまう。
その時は、その時は――
「バレンシア!」
汚泥のようなドロドロとした思考を、岸まで引き戻す声があった。
首を傾けて声のした方を見れば、どこか焦ったような表情をしているクロウがこちらに駆け寄ってきていて。ああ、今度こそ本物のクロウだ。
「悪ぃな、トラップを食らって遅れちまった。お前の方は、って――」
恐らくそのトラップというのは、今しがたバレンシアが遭遇したものと同じだったのだろう。誰が出てきたのかは、知る由もないが。
バレンシアの前に広がる機械のパーツを見、クロウが口を噤む。構えていた二丁拳銃をしまうとバレンシアの顔色を伺うように、片膝を折ってバレンシアの肩に手をおいた。
「おい、大丈夫か?」
肩に置かれた手に触れる。……温かい。
大丈夫と自身に言い聞かせ、パッと顔を上げたバレンシアは笑う。
「……大丈夫! 急に暗がりから機械が出てきたからビックリしちゃった」
「……無理だけはすんなよ」
「分かってるって!」
クロウに手を引いてもらい、バレンシアは立ち上がる。改めてブレードを握り、クロウがやって来た方へと走り出した。
大丈夫。鏡が見せた幻影は、所詮幻だ。
◆◆◆
難なく着地し、クロウは周囲を見回す。部屋の照明が灯されていないのは、こちらの視界を奪う算段だからだろうか。ならばと気配を探ってみるも、感覚が遮断されているような感覚があって上手く掴めない。少し離れた先に誰か居ても判別は難しいだろう。
「ったく……俺一人だけ分断されたか」
頭を掻く。
自分だけ分断されたのか、個々に分断されたのか。各個撃破が目的ならこの状況は敵の思うつぼだ。早く脱出手段を探して誰かと合流しなければ。
手近な壁に近寄り、スイッチの類が無いか探してみたり、壁を叩いて音の違う場所が無いか確かめてみるも、どれも空振りで。
どうするか、と思案する。すると背後から小走りで駆け寄ってくる足音がした。
「あーっ! 良かったぁ、クロウ居た!」
「バレンシア。無事だったか?」
ととと、と隣まで寄ってきたバレンシアがへにゃりと笑う。
「大丈夫だよー。わたしを誰だと思ってるの? 《雷速》だよ?」
ふふんと自慢げに胸を張るバレンシアにへいへい、と軽く流せば「もー!」っと怒られてしまう。
「ほら探すぞ」と促せば、素直に従ってバレンシアも周囲を探し始める。向こうの方が怪しいんじゃないかとバレンシアが背を向けた瞬間、クロウは携えているダブルセイバーのグリップを握った。
嫌でも思い出してしまう。あの遠き日を。
威嚇とパフォーマンスのために奮った騎神の刃がバレンシアの背を裂いたあの時を。ぐらりと体が傾き、鮮やかな赤を地面に散らしたあの瞬間を。
唇を噛み、グ、と瞑目する。そうして瞼をゆっくりと持ち上げて覚悟を決めたクロウは、一思いにダブルセイバーを一閃した。見事に胴を裂き、バレンシア――だったものはぐらりと倒れていく。バヂ、とスパークを零すソレを見、やっと安堵の息を吐くのだった。
ダブルセイバーをしまい、クロウは鏡に近づく。確かに鏡のように光景を反射しているが、よくよく近くで見てみれば、ガラス越しの光景のように別の部屋の様子も映って見えて。覗き込んだ先、そこには見慣れた深緋がこちらに背を向けて座り込んでいた。
まさか、トラップで怪我を負ったのか。異常事態と感じたクロウは鏡に触れ、部屋を移動する。
「バレンシア!」
駆け寄り、姿を確認する。どうやら負傷した様子はなく、寧ろ撃退したのだろう。バレンシアの眼前には無数の機械のパーツが飛び散り、放電している。
しかしどうしたことだろうか。バレンシアの反応は鈍く、ゆっくりと振り返ってクロウを見上げるだけだ。どこか虚ろな瞳でクロウを見つめている。
「悪ぃな、トラップを食らって遅れちまった。お前の方は、って――」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
散らばる破片の中に見える、自身と似た髪束。似た装束と思しき布の破片。
まさか、バレンシアに差し向けられた機械は。そこまで考え、片膝を折ったクロウはバレンシアの肩に触れた。
ぱちぱちと数度瞬きをするバレンシア。やっと、視線が合った気がする。
「おい、大丈夫か?」
「……大丈夫! 急に暗がりから機械が出てきたからビックリしちゃった」
パッと朗らかに笑う。その笑顔は、ある種見慣れた笑顔――愛想笑いで。
ある意味彼女らしくて、一番似合わない表情。その表情を、クロウは好ましく思っていなかった。やっぱり、バレンシアは満面の笑みを浮かべている方が似合う。
「……無理だけはすんなよ」
「分かってるって!」
手を引っ張って立たせてやる。
少し冷えた指先を温めてやるように、強く握る。
大丈夫、これは所詮鏡が見せたまやかしだ。