カラクリ技師とメカニック
カラクリ工房でもあるツイランの自宅に、静かながらも作業をする音が響いている。
作業台に向かい、手袋を嵌めたツイランの指が淀みなく動き、木製で出来たカラクリを組み立てていく。机に広げたパーツや糸、歯車を選び取る指運びも一切の迷いは見当たらず、傍目から眺めていればまるでツイランには初めから完成形が見えており、ただただそこに当て嵌めていっているようにも見えるから不思議だ。実際は緻密な計算や設計がなされているのだろうが。
黙々と組み立てながら、ツイランはチラと横目で傍らを見やる。そこには畳の上に敷いた座布団にちょこんと座り、ツイランの作業を見ながら……もとい観察しながら、熱心に手元の手帳に何やら書き込む女性が居た。アズマにある秋の里においてはあまり馴染みのない西洋風の服に身を包んだこの女性はフロレンシアと言い、アドネア大陸からカラクリ技術を学びに来ている技術者だ。
時折フロレンシアから二言三言ポツポツと質問が飛んでくる以外は目立った会話は見られない。それを数時間も続けているのだから退屈しないのだろうかという思いが浮かび、一旦作業の手を止めたツイランはフロレンシアに視線を滑らせ、口を開いた。
「退屈ではないか?」
「え? どうして?」
ペンを走らせる手を止めたフロレンシアが顔を上げ、軽く首を傾げる。心底不思議そうな様子は、この数時間の観察が全く苦ではないようだった。
「人は長時間の沈黙が苦痛となると聞く。私は人と話すのが得意ではないし、こうして作業に専念している。故に退屈ではないかと思ったのだが……」
「ツイランの作業、凄く興味深いし面白いよ? やっぱりアズマのカラクリ技術って、西のキカイとか魔導の技術とは少し違うんだよね。釘とか使わずに木の凹凸だけで接合するとか向こうには無いし……。それに、私がツイランの作業を見せてくれって言ったんだよ? 気にしないで良いのに」
フロレンシアが嬉しそうに、表情を緩めて柔らかく笑う。
そう。フロレンシアがツイランの自宅にやって来てこうして作業を見させて貰ってるのは、彼女たっての希望である。寧ろ一人で作業をしているところを邪魔しているのではないかと危惧する立場であり、ツイランが気に掛ける必要など何処にもないのだ。
けれど、彼はフロレンシアを気遣ってくれている。
「優しい人だね、ツイランは」
優しく呟かれた言葉にツイランは数度目を瞬かせた。
ツイランにとって人助けは当然のことで、人を気遣うのもその内の一つだ。当たり前のことをしているだけなのに、どうしてこうも彼女は嬉しそうにするのか。
分からないな、と思っていると何かを思い出したようにフロレンシアが手帳を閉じ、「そうだ!」と声を上げた。座布団から立ち上がったフロレンシアをツイランは目で追う。
「そろそろ休憩しない? いろは茶屋でお団子買ってきたんだ」
フロレンシアが荷物から取り出して見せてきたのは、ツイランも見覚えのある包み紙に包まれた物だった。彼女が言うのなら中身は《いろは茶屋》でも特に有名な団子が入っているのだろう。
「いや、私は……」
「休憩しないと、逆に作業効率下がっちゃうよ?」
休憩を挟まずに作業を続けると、きちんと休憩をした時よりも却って効率が悪くなるというのはフロレンシアも身を以て知っている。遠慮しようとするツイランを引き止めれば、小さく嘆息したツイランも立ち上がった。
「……分かった、ならば私は茶を出そう。貴方は座卓の方で待っていてくれ」
「はーい」
ツイランが示したのは少し離れた位置にある丸い座卓だ。頷いたフロレンシアがいそいそと座卓に寄り、早速包みを開けている。
……些か無理やりな休憩の誘いだった気がしないでもないが、マフラーの下で微かに笑ったツイランは茶の準備をすべく土間にある囲炉裏へと向かった。
存外、彼女との時間は嫌いではない。