Other

それは誰が為の

 ツイランは働き者だ、とフロレンシアは思う。
 例えば、とある日。朝に里の入り口で出会い、挨拶がてらに何処へ行くのかと問えば「冬の里と春の里で修理の依頼が来ている」と言われ、去っていく彼の後ろ姿を見送った。
 昼。秋の里に戻ってきているなと思えばクラマのゲーム機器が不調らしく、修理を頼まれている様子が窺えた。
 夜。ヤチヨの居酒屋で夕食を食べているとツイランもやって来たのだが、話を聞くと家に帰れば新しいカラクリを作るのだと言う。
 ……もしかして、もしかすると。

「……ツイランって、凄く忙しくない?」

「そうだろうか」

 別の日。朝早くから夏の里に向かおうとするツイランを引き止めたフロレンシアの一言に、ツイランは軽く頭を傾げただけだった。
 いや、待って欲しい。フロレンシアだって技師であり秋の里に住む者であり、他の里から修理依頼が舞い込んで来ることがあれば新しいキカイを作ったりもする。けれど、それだって程々に、だ。余程納期が近いだとか、興が乗っていなければ朝から晩まで根を詰めたりはしない。
 恐る恐る、フロレンシアが問う。

「ツイラン、今日のお仕事は何件あるの?」

「十一件だ。今日は少ない方だが」

「いや多い! 多いよツイラン!」

 まさかこの量を一日で捌いてしまうのか。まあ出来るからこそ、信用を得て更に仕事が舞い込んで来ているのだろうが。
 顎に手を当て、フロレンシアはううんと唸る。

「……ね。ちょっとだけでも私、肩代わり出来ないかな? ほら、カラクリはまだ勉強中だけどキカイなら見れるしさ」

「何故だ?」

 ツイランはもう一度首を傾げる。帽子から垂れ下がる飾りが動きに合わせて揺れ動く。

「これは私に来た依頼であり、貴方の依頼ではない。貴方が気に掛ける必要は無い筈だが」

 よくヤチヨや他の里人が「ツイランは頑固だ」というが、その理由が分かる気がする。無機質な声音の返答は冷徹にも聞こえるからだ。
 確かに、此処でツイランを気に掛ける理由はフロレンシアにない。手助けする理由もない。けれど――

「放っておけないよ。人が大変そうにしてたり、困ってたりしたら。何か手伝えることないかなーって思っちゃう」

 見捨てることなんて出来ない。もし力になれなくても話を聞くことくらいは出来る。それがフロレンシアの性分だった。しかしツイランは頭を左右に振る。

「私は困っていないが」

 それは決して強がっている様子でも、無理をしている様子でもなかった。ただ事実として困っていない、だから手助けは不要だという口ぶりである。
 けれど作業量に差があるとは言え、一日で十一件もの依頼を捌くのは常人ならば不可能に近いことなのだ。どういう理由かツイランはそれを可能にしている挙げ句、ケロリとしているのだが。
 もしかして睡眠時間を削っているとか? それとも食事に割く時間を最低限にしているのだろうか? フロレンシアが思案していると、ツイランが踵を返して里を出ようとしていることに気付く。

「ま、待ってよツイラン!」

「……まだ何か?」

 一旦立ち止まり、振り返ったツイランは何処か煩わしげに見えて、フロレンシアは一瞬怯んでしまう。
 けど、引かない。グッと一歩踏み込んだフロレンシアはハッキリと告げる。

「心配だよ! 心配するよ! ツイランだって私が気に掛けたい人なんだから!」

 その気持ちの由来がただの親愛なのか恋情なのかは分からないが、ツイランを気に掛けたいのは事実なのだ。ツイランが自身を削ってまで仕事をしているというのなら、その負担を少しだけでも良いから分けてほしい。辛いと思うのなら自分に吐き出してほしい。
 無理をしてほしくない。そう思っている。
 ツイランは不思議そうにフロレンシアを見つめていたが、不意に痛みを覚えたかのように片手で頭を押さえると眉間に皺を寄せた。ぐらりと傾ぎそうになった身体を支えようと、咄嗟にフロレンシアが両手を差し出そうとする。

「ツイラン!?」

「心配……シンパ、イ……エラー発生……」

「だ、大丈夫……? どうしたの?」

「……エラーコード。メモリ修復のため機能停止。再起動します……」

 機械的な言葉を吐き、ツイランは動きを止めてしまう。フロレンシアは中途半端に差し出した手を伸ばし、ツイランの肩に触れた。調子を確かめるように軽く揺さぶってみる。

「ツイラン……?」

 やがてぎこちなくツイランが姿勢を戻し、頭痛を振り払うように頭を二、三度軽く振った。周囲を見回し、その若葉のような色の瞳でフロレンシアを捉える。

「……再起動確認……。すまない、行動に支障が出たようだ」

「な、なんか再起動とか聞こえたけど……大丈夫? 体調が悪いなら……」

「問題ない」

 フロレンシアの心配そうな言葉に、ツイランは再度頭を振るった。近付いたついでにツイランの顔を窺ってみたが確かに顔色は悪くなさそうだし、彼が大丈夫だと言うのならそうなのかも知れない。フロレンシア触れていた肩から手を離し、数歩分後退して距離を開けた。

「……ところで、先程の提案をやはり頼んでも良いだろうか」
 
 その言葉を聞き、パッとフロレンシアの表情が明るくなった。
 フロレンシアが腰に手を当て、得意げに胸を張る。

「……! うん、任せてよ! それで、私はどれをやれば良いかな?」

「少し待ってくれ、貴方に頼みたい仕事をリストアップする」

 ツイランは懐に手を入れてメモ紙を取り出すと幾つか書き込みをし、フロレンシアに手渡す。受け取ってざっと見てみると、そこまで難しいものはなさそうだった。比較的頼みやすい仕事を振り分けてくれたのだろうか。
 口元に指を添え、フロレンシアは頭の中で優先順位を付けていく。まず、春の里で給湯器の修理。夏の里で温泉の設備を見、居酒屋の窯も見に行く。冬の里の居酒屋で冷蔵庫のパーツ交換。時計の修理。……こんなところだろうか。

「うーん……時計の修理は一旦家に持ち帰りになるかも。届けるの明日でも大丈夫かな?」

「ああ、問題ない。依頼主には時間が掛かるかも知れないとは伝えてある」

「そっか。じゃあこっちは任せて!」

 頷くツイランへにこやかに手を振り、秋の里の入り口を抜けたフロレンシアは軽やかな足取りで春の里へと向かっていく。小さくなっていく背中を、暫しツイランはじっと見つめていた。
 フロレンシア。西よりやって来たキカイ技師。精力的にカラクリを学んでは里のためにと役立つ道具やキカイを作っているという印象がツイランの中で強い。
 気に掛けていると、彼女は言う。
 《こんな》自分に。
 ツイランは己の胸元に手を当てる。仄かに温かいと感じるのは、ただの気の所為だろうか。

 時刻は二十二時を過ぎ、星々が瞬き出す頃。修理を終えて秋の里に戻ってきたツイランは、フロレンシアの進捗を聞こうと彼女の自宅へと足を向けた。フロレンシアの家は里の奥まったところにあるが、ツイランの自宅とそう離れているわけでもない。
 賑やかなヤチヨの居酒屋を通り過ぎる。カイが酒を飲んでいるのか、彼の楽しそうな笑い声がよく聞こえた。
 小道を抜け、フロレンシアの自宅の敷地へ入る。ちらりと家の窓辺へと目を向ければ、煌々とした明かりが窓から漏れ出ている。どうやら彼女はとうに帰宅しているらしい。
 玄関までやって来たツイランは木製の扉を軽く叩く。

「夜分にすまない。居るだろうか」

 ……返事がない。作業に集中していて気付いていないのだろうか。
 鉄やら木やらを加工する音はどうしても大きくなってしまいがちであり、来訪者を告げる音も往々にして掻き消されがちだ。ひょっとしたらと思いつつ、ツイランは扉を叩く音を少し強くして再度声を掛ける。

「……フロレンシア?」

 やはり返事がない。フロレンシアが居留守を使う性格ではないとツイランも知っているので、この状況は些か不自然だ。
 手が離せない状況? それにしてはフロレンシアの家の中は静かだ。キカイの音もカラクリの音も、何も聞こえてこない。
 ――何も聞こえない? ツイランは訝しむ。
 静かだが人の気配は感じる。つまりフロレンシアは家の中に居る。なのに何の反応もないということは――
 ツイランの脳裏に最悪の状況が浮かぶ。もし仮にフロレンシアが倒れていたりでもすれば。申し訳ないと心の中で詫びつつもツイランは扉に手を掛けた。固い感触が返ってくるかと思ったが、そんな予想に反して扉はスムーズに横へスライドされる。鍵が掛かっていなかったのだ。
 中を見回す。外装はアズマ風の家屋なのに中身は西洋風のキッチンがあったり畳の上にカーペットが敷かれているなど、正しく和洋折衷とでも言うようなフロレンシアの家。
 キッチンを抜けたその奥。仕事場らしい場所にある机に突っ伏しているフロレンシアの姿を認め、歩み寄ったツイランはそっとフロレンシアの肩を揺り動かした。

「大丈夫か?」

 んん、と小さくフロレンシアが呻き、眉根を寄せる。
 睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。肩を揺さぶった主を見ようとフロレンシアが頭を動かし、声とも寝言とも取れる曖昧な音を発した。

「……んー……ごめん、寝ちゃってた……」

 上体を起こし、フロレンシアは軽く伸びをする。取り敢えずは大事に至っていなくて何よりだ。
 ツイランが作業台へ視線を向ければ、そこには緻密な装飾が施された西洋風の置き時計が鎮座しており、規則正しくチクタクと時を刻んでいる。これが依頼品なのだろう。
 進む文字盤を見つめながら、ツイランは考える。
 やはり理解出来ない。此処まで疲弊してまで、身を粉にしてまで誰かのために動こうとする理由が。

「……何故そこまでする必要が?」

「え?」

 気付けば疑問が口を付いていた。振り返ってツイランを見上げたフロレンシアがぽかんとした表情を浮かべる。

「そもそも、これは私に来た修理依頼だ。私の手助けをする必要はなく、貴方が苦労する必要もなかった。そこまでする理由が分からない」

「……そう、だね……」

 思案するように一度視線を落としたフロレンシアは、椅子の向きを動かしてツイランと向き直ろうとする。
 彼の気持ちに、正面から向き合うように。

「……ツイランはさ、」

 顔を上げてツイランの名を呼び、口を開きかけたフロレンシアは言葉を選ぶように一度口を閉じ、静かな声音で再度口を開く。

「ツイランもさ、ずっと人の頼み事を聞いて動いてるでしょ? いつ休んでるかも分からないくらいに。それはどうして?」

「私はそれが役割だからだ。人を助けるために存在するもの。私の存在理由だ」

「存在理由、かあ……はは、凄いね、ツイランは」

 天井を仰ぐ。幾ら目を凝らしたところで見えるのは木目だけだが、今のフロレンシアはそれより遠くを見ているような気がする。

「私の場合は……何だろう、贖罪……って言えば良いのかな。だから『誰かを助けたい』とは口で言うけど、実際には『助けなきゃ』なんだと思う。目の前で困ってる人が居たら、手を差し伸べなくちゃって気持ちに駆られるの」

 罪を償え、と誰かが囁いている気がする。誰かに背中を押されているような感覚がする。止まりたいのに押されているから足を止めることが出来ず、そのまま下り坂に突入してしまうのだ。
 常に焦燥感が襲ってくる。誰かを助けねば、自分を犠牲にしなければという強迫観念にも似た焦りが募る。
 ――濯がなければ。この身に流れる悪しき血と罪を。
 暫し考えに没頭していたフロレンシアだったが、天井から目を離して姿勢を戻すとパッと笑ってみせた。
 何事も無かったかのように。

「だから、ツイランが大変そうなら手助けしたいし、困ってたら力になりたいって思うよ」

「貴方のその願いは私に向けられるべきものではない。それは他の里の者に向けるべきだ」

 ツイランの頑なな態度にフロレンシアは苦笑を零す。

「それは……まあ、ツイランの言い分も分かるよ。だから私はヤチヨさんが困っててもクラマ様が悩んでても手を差し出したいって思うし。でも――」

 ツイランへ手を差し出す。その差し出された手の意味が理解できず、ツイランはフロレンシアの手と顔を交互に見やる。

「その中に、貴方も入れちゃ駄目なの? 私は、ツイランも大事だよ」

「私が……大事……ダイジ……エラー発生。……エラーコード。再起動を実行します……」

「ツ、ツイラン!? どうしたの!?」

 昼間の時のように、急に頭痛を覚えたかのように頭を押さえたツイランはがくりとその場で膝をついてしまう。慌てて席を立ったフロレンシアが傍らに寄って様子を窺ってみれば、暫し微動だにしなかったツイランはやや間を置き、ゆっくりと立ち上がる。
 ふるふると、調子を確かめるようにツイランは軽く頭を振る。不安そうにしながらもフロレンシアも追うように腰を上げた。

「……問題ない」

「……やっぱり疲れてるんだよ。もう夜も遅いし、休んだ方が……」

 心配そうにフロレンシアが進言する。
 きっと働きすぎなのだ、ツイランは。人は誰しも心身を削って働けば不調を来たすのだから。
 けれどツイランの反応は頑なだった。

「……大丈夫だ、気にしなくて良い。貴方こそ、休息が必要だろう」

 そう言われ、フロレンシアは直したばかりの時計へ目をやる。
 もう確かに遅い時間だ。明日も仕事はあるし、何より作業が終わったのもそこそこに机に突っ伏していたのだ。しっかりとベッドで休息をした方が身体には良い。

「そ、そうだね……うん、じゃあ軽く何か食べたら寝ようかな。ありがとね、ツイラン」

「いや、礼を言うのは此方だ。ありがとう。……また、手助けを頼めるだろうか」

 ツイランの一言に、一瞬フロレンシアが目を丸くする。
 ――ツイランが、頼ってくれた。その事実が嬉しくて、込み上げてきた嬉しさを抱くかのように胸に手を当て、フロレンシアはパッと破顔した。 
 
「……うん! いつでも頼ってよ!」

 少しは歩み寄れたかななんて、自惚れても良いのだろうか。


2025/08/12

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