赤色の他人
エルデンには多種多様な髪色の人間が存在する。
黒・茶・白・銀・金辺りは一般的な色で、紫や橙、赤といった髪色の者も居る。それらは先天的な場合もあれば、薬物の後遺症や魔術師の養成の過程で変貌してしまった者も居る。人種のるつぼのエルデンらしい多種多様さだ。
そして、ひとえに『赤毛』と称しても色合いに差があるのだ。染色してから時間が経って色褪せた赤。下品な程にドギツい赤。ピンクに近い赤……。
故に、このエルデンで真紅のような髪を持つ人間というのは『二人』に限られてくる。
だから、こんな事がたまにある。
「おいテメェ! そこのオカマ野郎!」
街中を歩いていればそんな怒声が背後から耳に届き、念の為周囲を見回してそれっぽい人を探してみる。しかし此処は人の行き交いがまばらな寂しい通り。少し見回してしまえばある程度把握出来てしまい、『それっぽい』人物が見当たらない事に息を吐いた。見えるのは枯れた老人の店主や筋骨隆々な侵入者らしい男、客寄せをしている露出の高い女なんかだ。
「お前だよ! そこの赤毛!」
「はぁ~~……」
怒声が続く。
『赤毛』とまで言われてしまえば、もうそれは自分しか居なかった。またトラブルに巻き込まれるのかと辟易しながら腰ほどまである真紅の髪をガシガシと掻いて――刹那は身体ごと後方へ向き直った。
「テメェ、この間はよくもやってくれたな!」
刹那に向けて人差し指を指し、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴るのは『侵入者』らしい装備を身に着けた、刹那よりも随分と大柄な身体の持ち主の男だった。
何か因縁でも買っただろうかと記憶を振り返ってみる。けれどこんな男、揉め事どころか見覚えすらなかった。
「あのさ、誰かと勘違いしてない? ぼく、お前の事なんてこれっぽっちも知らないんだけど」
「とぼけるのも大概にしろよ! 先週此処でテメェにやられた仕打ち、忘れたとは言わせねぇからな!」
聞けば先週、この場所でこの男は揉めたと言う。刹那のような真紅の髪を持つ侵入者と。そうして手酷くやられて医術士の世話になった所、同じ場所で刹那の姿を認めた為声を掛けたと。
向こうからしてみれば絶好の復讐の機会だろう。だけど話を聞けば聞く程、刹那の表情と視線は冷えたものになっていく。
「あのさぁ……だから違うって。人違い。先週此処に来てないし、お前と揉めてない。別の奴と間違えてるんだって」
「嘘を吐くな! テメェみたいな赤毛のカマ野郎が二人も居てたまるかよ!」
それが居るんだよ、もう一人。
そこまでは口に出さず、代わりに盛大で重苦しい溜息を吐き出した。
この世には自分と同じ顔をした人物が三人は居ると言う。そんなものは迷信の類だと笑っていたのだが――少し前、刹那が所属するクラン《ZOO》に新しいメンバーが加入した。
マリアローズ。肩程の真紅の髪に鮮烈なオレンジの瞳をした、華奢で美しい侵入者。
ZOOの面々と刹那が驚いたのは刹那とマリアがまるで双子か兄弟のように顔立ちがそっくりだった事だ。
違うとすれば刹那の髪は腰程の長さであるとか、刹那の瞳は髪と同色の赤だとかあるが、そんな違いは些細なものであり。
「しょっくりね、本当に……」
「もしかして自分ら、実は血の繋がった兄弟だったりせぇへんか?」
ユリカが驚き、カタリがおちょくる。
しかし二人に血縁関係はないし、出身地だって違う。出身地を離れてエルデンに来るまでの経緯も異なる。
全くの赤の他人。なのにこんなにも似ているという事は、世界に居る同じ顔をした三人の内二人が集っているとしか思えない。
問題はそれからだ。マリアを知る者から「マリアに似ている」と言われる事が増えたのだ。
マリアローズの事は別に嫌ってはいない。しかし――そう言われる度、まるで自分と言う存在が世界から居なくなってしまったかのような、誰の目にも留まらなくなってしまったかのような感覚を覚えるのだ。
――ぼくは、此処に居るのに。
――ぼくは、マリアに似ている誰かじゃない。刹那なのに。
それが腹立たしい。それが虚しい。
目の前の男だってそうだ。きっとマリアローズと刹那を間違えている。ああ、本当にムカつく。
「大体なんだよ。さっきから黙って聞いてりゃ、人の事オカマオカマって……」
「あぁ!? 女だか男だか分かんねぇツラしてんじゃねぇか!」
その言葉を聞いた時、ブチンと刹那の頭の中で何かが切れた。刹那が腰に提げている双剣の片方に手を掛けると、男も応戦するように剣を鞘から抜いて構える。
体躯の差はあるが、侵入者として培ったスキルが刹那にはある。幾ら図体がデカくったって急所は全人類共通だ。
駆け出しながら剣を抜く。手足の一本も落とせば脅しにはなるだろうと狙いを定めていれば、『ソレ』は唐突に現れた。
黒い何かが空から降って来たのだ。まるで流星のように。慌てて刹那は立ち止まる。
降ってきたソレは男を踏みつけて着地し、男は無様に地面に転がる。そうして手に持っている短剣を男の背に突き刺した。
男の悲鳴がやけに遠く聞こえる。もはや男なんて眼中に無く、刹那の視線はその短剣とその持ち主に注がれていた。
その短剣の名を知っている。その者の通り名を知っている。氷のように冷やかで、冷静沈着に人を人と思わない様子で解体していく男。
《昼飯時》のアジアン。またの名を《虐殺人形》。
「お前……《昼飯時》の……」
恐る恐るその名を呟く。勿論アジアンとの面識は無い。守ってもらう理由も無い。故に警戒は解かずに剣を握ったままでいれば、短剣――《泣き叫ぶ短剣》を血振るいして鞘に納めたアジアンが顔を上げ――パッと破顔させた。
「マリア……!」
そして、不思議そうな顔へと変わる。
反比例するように刹那の顔はどんどんと渋くなっていった。
「マリア……じゃない……?」
「……はっ」
馬鹿馬鹿しい。助けて貰ったみたいだから礼の一つでも言おうかと思ったが、そんな気持ちは急激に萎んでいってしまった。
剣を納めて踵を返す。もうこんな気持ちはうんざりだった。苛立ちをブーツに込めて歩き出せば、背後から焦ったような声が掛かる。
「まっ、待ってくれ!」
ガシッと腕を掴まれる。驚いて弾かれるように後ろを振り返れば、焦燥感を募らせたかのような表情をしたアジアンが刹那の腕を掴んでいて。
「キミ、名前はなんて言うんだい?」
「……はぁ?」
思いっきり馬鹿にしたような視線をくれてやる。
何なんだこの男。『虐殺人形』の通り名は何処へやってしまったと言うのだろうか。感情の無い人形のように人を殺すと聞くが、今刹那の目の前に居るのは人並みらしい感情を持った、ただ一人の男のように見えた。
「悪いけど、ナンパは断ってるんだ」
丁重に掴まれた手を外して去ろうとする。アジアンに背を向けた所で「ちょっと待ってヨ!」と今度は肩を掴まれてしまい、否応がなしに刹那はまた振り向かざるを得なくなってしまった。
「なっ、何なんだよお前は! 軽々しく他人に触ろうとするなよ!」
「どうしても気になるんだ! キミの事、一目惚れしてしまったからサ!」
「はぁああああ!? 本当に何なんだよ!!」
肩を掴む手を強く振り解く。割と手酷く相手したつもりだったがアジアンは気にした素振りも見せる事なく、それどころか何処か嬉しげですらあった。
ジリジリと後退してアジアンと距離を取る。
「何? お前、マリアの知り合い? マリアに相手されないからぼくで妥協しようとかいうつもりなら、今すぐお前を剣の錆にしてやっても良いんだからな」
「まさか! 最初はあまりにもマリアに似ていたから間違えてしまったが……今なら分かるヨ。目が覚める程の真紅の髪、ルビーよりも鮮烈なその瞳は、ボクの心を捉えて離さない……」
駄目だ、話が通じるような相手ではないような気がしてきた。今なんてまるで一人劇場でも開演しているかのような口ぶりで口上を述べ、何処からか取り出した赤い薔薇に顔を近付けて香りを堪能している。
逃げるなら今だ。アジアンが陶酔している隙に踵を返した刹那は駆け出した。「ああっ!」と感極まったような声が聞こえるが気にしない。変な奴には関わらないのが一番だ。
「――嗚呼、麗しのキミ! キミを必ず振り向かせてみせると誓おう! どうか次に会うその日まで!」
走りながらチラリと振り返ってみれば、アジアンは舞台のクライマックスかのように薔薇を持つ手を天に掲げていて。
――嗚呼、本当になんて素晴らしいな日なのだろうか!
願わくば今後己の人生に関わってこない事を祈りながら、刹那は地面を蹴る足に力を込めた。