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熱帯夜

 何がどうなっているんだ。
 エリマは今起きている事を整理してみる。

 まず、自室で何時ものようにプログラミングを組んでいた。開発中のストライクフリーダムガンダム弐式のモノを。そうして集中してパソコンに向かっていると部屋の扉をノックする音に気付き、一旦作業の手を止めて応対に出たのだ。
 扉を開ける。そこで待っていた人物が予想外だった為、エリマは片眉を上げてその者の名を呼ぶ。

「アスラン……? お前、今ファウンデーションに居る筈じゃ――」

 フリーダムが何者かによって強奪されて地上の施設を破壊し尽くしている中、タイミング良く――まるで事前に知っていたかのような早さで駆けつけた《ブラックナイトスコード ルドラ》が介入し、フリーダムを撃破・鎮圧せしめたのだ。
 そも、フリーダムはキラ程のレベルのパイロットでなければ操縦する事の出来ない機体だ。そしてファウンデーション王国が擁する《ブラックナイトスコード》には同等のコーディネーター達が所属している。
 ――彼らによる自作自演ではないか、と推察が上がるのは遅くはなかった。少なくともカガリはそう判断し、ターミナルに出向中だったアスランとメイリンへファウンデーションの調査を依頼したのだ。
 それによって、アスランは今ファウンデーションに居る筈だ。戻ってきていた事に驚いたエリマだったが、言い切るよりも早くアスランに腕を引かれ、気を抜いていたエリマは容易に体勢を崩すと彼の胸元に収まり、あっという間に抱き締められてしまう。

「……お前に会いたかった、エリマ

「そ、そうか……」

 別に長々と離れていたわけではないが、アスランにとってはそうではなかったらしい。感慨深そうに呟かれてしまえばエリマとしては「そうか」という他なく。
 こういう場面では相手の背中に手を回すのだったか、とエリマが考えあぐねているとアスランの手がエリマの背と膝裏に回り、何だと思っている間に軽々と抱き上げられてしまった。

「お、おい! 何だ急に!」

 そのまま連行され、ベッドに横たわらされる。一連の流れにエリマが戸惑っていれば寝かされているベッドにもう一人分の重みが加わり、ギシリとスプリングが音を上げた。
 視界に映るのは淡く光る部屋の照明と、自身を押し倒すような形で馬乗りになっているアスランの姿で。

 整理した所で特に分からなかった。
 何も言わずじ、睥睨してくるアスランにエリマは不審そうに眉を寄せる。

「……何なんだ、本当に」

「……いや、何処までならお前は許してくれるのかと思ってな」

「はぁ?」

 今度こそ思いっきり眉根を寄せる。要するに、何処まで手出ししたらエリマは怒るのだろうかと試したという事か。

「そのふざけた遊びに付き合わされているのなら、お望み通り貴様を今から組み伏せて制圧してやっても良いんだがな」

「悪かったよ。そう怒るなって」 

 小さく笑ってアスランは謝罪するが、それでも一向にエリマの上から退く気配はない。アスランの態度が面白くなかったエリマはフンと鼻を鳴らした。
 別にエリマも望んでされるがままだったわけではない。女性と言えど、そしてナチュラルと言えどコーディネイターと同等の……それ以上の力を発揮出来るようにと改造を受けた強化人間なのだから。敵意を持った者だったとしたら扉を開ける前に銃の用意をしていたし、体を触られたところで体術でいなし、そのまま床に組み伏せる技量も持っている。
 扉の向こうから敵意を感じなかったから、アスランだったから今こうしているわけであって。
 早く退いてくれないかと思いながらアスランを眺めていれば、ふと表情を引き締めたアスランと視線がぶつかった。
 目が合うとアスランは柔らかく眉を下げ、愛おしいと言いたげに微笑む。頬に伸びてきた手を、エリマは拒まなかった。
 細くしなやかではあるが、男らしく骨ばった指が優しくエリマの頬を撫ぜていく。それを瞼を閉じて受け入れていれば、何処か意外そうな声が上から降ってきた。

「……拒まないのか?」

「嫌がると思うのなら最初からするな」

 ご尤も過ぎる意見にアスランは忍び笑いを零す。
 瞼を持ち上げ、一度アスランを軽く睨んだエリマは己の頬に伸びているアスランの手に触れるとすり、と頬を寄せた。それはさながら猫が飼い主に甘えてるかのようで。
 ――不覚にも、胸が高鳴る感覚をアスランは覚えた。
 こんな無体を働いてもエリマが許すのは自分だけだろう。
 エリマがこんな姿を見せるのも自分だけだろう。
 胸の奥底から、愛情と優越感が込み上げてくる。存外可愛い仕草をする彼女をどうしてくれようかと思っていれば、視線を逸らしたエリマが小さく呟いた。

「……お前だから、良いと思ってるんだ。嫌なら、とっくにお前は床に這い蹲っていたぞ」

エリマ

 アスランが優しく名を呼ぶ。その声に反応して顔を向ければ、近付いてきたアスランの顔があってエリマは再度瞼を閉じる。
 唇が重なる。軽いリップ音を立てて離れれば、困ったような顔をするアスランと目が合った。

「……あんまり可愛い事を言うな。俺が耐えきれなくなるだろ」

「い、意味が分からな……っ」

 するり、と服の裾にアスランの手が入り込み、エリマの脇腹を撫でていく。上擦った声が出たのが恥ずかしかったのか、エリマは己の手の甲を口元に当てて頬を赤らめている。

「……良いか?」

 顔を寄せて低く呟けば、口元を隠したままのエリマが聞き取れるかどうかの声量でぼそりと呟いた。

「……部屋の電気だけは消してくれ」


2024/06/10

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