破局の挽歌
「そうだ、あんたに一つ餞別をあげる」
手の内にある爆弾のリモコンを弄りながら、瓦礫に腰掛けているWは艶やかに笑う。
「あんたがこれから行くであろう場所。きっとそこにはあんたが会いたいと願ってる奴が居るはずよ」
「ほう……?」
自身を包囲するサルカズ傭兵たちに気を向けていたエンカクがWへと視線を移す。その情報が果たして正しいのか、認識に齟齬はないかと吟味するかのように。
幾分か興味の蛇が頭をもたげた様子にWは屈託なくケラケラと笑う。
「居るでしょう? 最も……かは分からないけど、逢いたい奴が。終焉を刻むのはあんただと、あいつだと願って止まない奴が」
瞬間、脳裏を過ったのは銀と紅だった。そして噎せ返る程の血の匂いと、蔓延る死臭と、猛者だった者の亡骸の前で愉しげに笑う銀髪の女の姿がリフレインする。
──そうか、あの女が。
「ああでも、がっかりしちゃうかもね? なんせあいつ、あんたの嫌いな『物に頼る戦い』をしてるんですもの」
「それは俺が見極めることだ。奴が得物を変えても尚、俺を愉しませてくれるかどうかは」
「あ、そ」
それっきり興味が失せたとでも言うようにWはヒラリと手を振る。さて、とエンカクは刀を肩に担いだ。
幾つの戦場を渡り歩いても数年会えずじまいだった『奴』。それが次の依頼先にいるなんて──
「──ああ、それは」
なんて楽しみなんだと。
口角を釣り上げ、エンカクは目の前に迫ったサルカズ傭兵を切り払った。
カツカツとブーツの音を鳴らしてエンカクはロドス本艦の廊下を歩く。流石は製薬会社、医療の最先端を行く艦と言うべきか、白を基調にした内装はどこまでも美しく清潔感に溢れている。
宛てがわれた自室となる空き部屋に荷物と刀を置き、艦内の構造把握のためにこうして歩き回っている。食堂、訓練場、売店、そう言った必要最低限の場所の把握さえ出来れば良かったのだが、まさか《療養庭園》なる療養施設でそれなりの規模の温室を見ることになるとは思ってもいなかった。
花は嫌いではない。落ち着ける場所があれば鉢植えで花を育成する程度には興味もあり、知識だってある。
もう少し身の回りが落ち着いたら街に寄って自室で栽培しようか。温室にスペースがあるのなら借りて花壇を作るのも良い。そう考えながら歩を進め――反対から歩いてきた人物に気付き、足を止めた。
向こうも気付いたのだろう。そしてエンカクのことも記憶に残していたのだろう。同じように足を止め、ぼうっと廊下の白を見つめていた瞳がエンカクを捉えた。
忘れもしない、銀の女。幾度となく戦場で斬り結んで命のやり取りをし、或る時は背中を預け合って戦いもした、同じサルカズの傭兵。
――ああ、やっと会えた。俺が終焉を送る女。俺の終焉を飾る女。
「久しいな、グゼル」
「……驚いた。あんたもロドスに来たんだ」
驚いた、と口にしてはいるものの、声音は抑揚がなく平坦だ。
それもそうか、と思う。傭兵なんてものをして戦場を渡り歩いていれば味方として会うこともあれば敵として向き合うことだってある。今回はたまたま前者だったというだけで。
エンカクの視線がグゼルの手元に向かう。長大で硬質なケースを彼女は提げていた。その中身が『何か』と言うのは推察出来る。それは戦場でこそ見慣れた物だが、目の前の彼女が持つという点だけはどうにも見慣れず、違和感を抱く物で。
「刀使いは廃業か?」
「まさか。そんな気分じゃないってだけ。前衛で出ろって言われたら受けるかも知れないけど、今は『こっち』の方が好きってだけ」
ケースを僅かに持ち上げる。その中身はWの言葉が確かなら、解体された銃のパーツ詰め込まれているのだろう。
サルカズであるグゼルが銃を『合法的』に所持出来る筈がない。となれば入手方法は限られてくるもので。おおかたサルカズのブラックマーケット『スカーモール』辺りでパーツを仕入れているのだろう。
どこか楽しげに、自慢げにケースを持つグゼルに落胆めいた感情が胸中で揺らめいた。幾度となく自分と斬り合った刀ではなく、引鉄を一回引くだけで容易く命を奪える銃を扱うと言うグゼルの姿に。
ああ、Wが言っていたのはこういうことなのかも知れない。結局彼女も他の有象無象と同じく、つまらない存在に成り下がってしまうのか――そう思っていればグゼルが思いついたかのように口を開いた。
「暇なら顔貸してよ。スカジも輝騎士も出払っててつまらないんだ」
「刀は振らないんじゃなかったのか?」
「こっちに興味があるってだけで、誰も刀を捨てたとも廃業したとも言ってないでしょ。あんたが来たなら体動かすのも悪くないと思うし」
「……ハ。それは光栄だな」
口角が持ち上がる。会いたくて焦がれた女は、色褪せないままで居てくれた。
ならば、応えるしかあるまい。己の刀を以て。
「お前の腕が鈍っていたら、承知はしないぞ」
「上等。そっちこそ腕が鈍ってないか確かめさせてもらうから」
期待に心が踊る。
ああ、そうだ。俺たちは血で血を洗い、刀がぶつかる音を挽歌とする方がお似合いだ。