Other

緑目の嫉妬とは言うが、

「すまない、グゼル。居るだろうか」

 彼女に割り当てられた部屋の扉を数度ノックすれば、ややあってグゼルは扉を開けて顔を出した。
 それなりに身長があると自負はしているが、それでも高身長の部類のグゼルがブーツを履いて目の前に立てば自ずと視線は上向きになり、彼女は睥睨してくる。威圧感や圧迫感を覚えるのはただ身長が高いから……という訳ではないのだろう。

「何、ドクター」

「次の作戦なんだが、変更箇所がある。それに伴って狙撃部隊の待機位置も変わるんだが……」

「へえ、何処?」

「本来のルートから少し北東に――」

 タブレットを操作してマップを開く。ドクターが指をすい、と動かせばマーカーが引かれ、地図上の道から逸れていく。
 話が長くなると思ったのだろう。グゼルは中途半端に開けたままだった扉を全開にし、そこに寄りかかる。腕を組んで頭を扉に預ければ、長い前髪がさらりと揺れて普段は見えない明るい赤紫の左目が僅かに覗いた。
 説明をする頭の片隅で、怖いまでに整った貌だなと思う。この貌が血塗れになりながら笑う姿を想像すれば、今ロドスに滞在していることがどれほど幸運なことかと思わざるを得ない。無言で立っているだけで近寄りがたい雰囲気を放っているのだから。

「――エクシアも同行するから迷わないとは思うが、念の為留意しておいてくれ。地図はグゼルの端末にも転送しておく」

「分かった」

 伝えておけば後で目を通してくれるだろう。彼女は仕事人だから。
 ……それにしても。

「君の部屋は緑が多いな」

 グゼルの部屋の中をちらりと見たドクターが呟く。そうか? とグゼルが僅かに首を傾げた。
 意外かと問われればそうだった。そういう緑というか……生命力に溢れるものとは無縁そうだから。故に壁に彼女の愛用している大型狙撃銃が立てかけられているとか、棚に弾薬らしき粉が入った瓶やら薬莢が並んでいるのが視界に入って、それは『グゼルらしい』と感じた。
 ただ、死と血と硝煙が似合う彼女に緑は些か――いや、かなり似合わない。相反するものが置いてあってチグハグな部屋だという印象を受ける。
 そう言えば、とドクターが首を捻った。
 棚に並んだ幾つもの鉢植えで見事なまでに咲き誇る花たち。それらは『療養庭園』で見たことのある花だったような気がするが、パフューマーやスズランが手がけるものではない気もする。特にパフューマーならハーブや香りの強い花が専門だろう。
 綺麗な花は、どちらかと言えば――

「エンカクが置いてくんだよ。勝手に」

 だろうな、と思ってドクターはそこまで驚かなかった。
 エンカクなら納得だった。丁寧に剪定された花も、棘が抜かれた白薔薇も、勝手に置いていっていることも。

「君はあまり手入れをしないのか?」

「花の手入れする暇あったら銃弄ってるよ」

 もう一度思う。だろうなあ。

「だから勝手にエンカクが来て置いてくし、枯れそうになったら回収してってる。もう慣れたけど、割と緑は多い部屋なんじゃない?」

 なるほどな、ともう一度グゼルの部屋を見回す。
 至るところで顔を覗かせる緑。そして白や赤、橙、紫などなど。
 己が手掛けた物を誰かの部屋に置いて、染め上げ、侵食していく様子はまるで――

「……所有印みたいだな」

 ――こいつは俺のだ、と言わんばかりに。
 なんとなく思いついて口に出た言葉だが、グゼルは鼻で笑うと足を組む。

「何それ」

「好意を抱く相手にはよく贈り物をするだろう?」

「ふーん……好意とかよく分からないけど、」

 ゴツ、と頭を扉に預ける。

「まあ、あいつの命を貰うのは私だし、私の命はあいつのモンだよ」

 捕食者のように目が細められる。僅かに口角が上げられる。たったそれだけなのにまるで己の命を狙われたかのような気分になり、寒気を覚えたドクターは己の腕を摩った。
 ――緑目の嫉妬とは言うが、エンカクの手がける緑は所有印なのかも知れない。

 

2023/03/21

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