入れ込む理由
「ねえ、あたしがタルラを裏切るって言ったらどうする?」
パチンと焚き火が爆ぜる。チラチラと蛇の舌のように揺らめく炎の向こう側、対面するように地面に胡座を掻いて座っている青年がゆっくりと顔を上げた。
野営の最中、他のレユニオンの部隊ともタルラとも離れた今この日。Wは試すような口振りで問い掛ける。
男――ディガンマは凪いだ湖面のように静かな双眸をWに向け、思案するような様子を見せる。あまり表情筋の動かない男だからぼうっとしているように見えるが、長年の付き合いになるWには手に取るように感情が分かる。
「そう、だな……」
ディガンマは傍らの荷物からパンやチーズを取り出し、小刀で適当な大きさに切り分けていく。保存用に固めに焼き上げられたパンは味も食感が悪く、そのまま食べるのは余程食に無頓着な人間か、手持ちに余裕のない人間だろう。
「……いつだ?」
「……へぇ?」
Wが興味深そうに片眉を上げる。
続きの言葉を待っていればディガンマは缶切りを用意し、取り出したトマトの缶と豆の缶を開け、鍋に開けていく。塩やコンソメで軽く味付けをし、鍋を焚き火に掛けた。次いで予め切っておいたパンにチーズを乗せ、串に刺したソレを火で炙っていく。手際良く夜食の準備をしていく様子をWは見つめていた。
この男――ディガンマは料理上手な部類だ。手持ちが少ない今日みたいな日でもやりくりして良いものを作ろうとするし、余裕があればもっと手の込んだ料理を振る舞う時だってある。自分も料理の腕は悪くない部類だと思っているWだが、彼の腕前は自分をも上回っていると感じざるを得ない。もしディガンマが傭兵なんかやっていなければ、何処かの店でフライパンでも振っているのがお似合いな程に。
だけどそれは『もしも』の話だ。現実としてディガンマは此処に居るし、Wの右腕として動いてくれている。
「行動に移すなら、準備が要るだろう。お前に合わせて俺も動く。指示をくれ」
「今のあんたの発言。十分タルラとレユニオンへの裏切りだと受け取れるわよね。あたしが此処で嘘だと言ったら? あたしがヤツに密告するとか考えてないワケ?」
愚かしいまでに自分に信頼を向けてくるディガンマがおかしくて、Wは鼻で笑う。
他人なんて信用出来ない。傭兵にとって信用出来るのは己の武器と力量、そして金だけだ。同じ部隊で苦楽を共にしてきた人間だって平気で利用し合い、蹴落とし合い、裏切る。そんなのは日常茶飯事だ。
だからこの男だって、いつかは裏切る。爆弾のリモコンと刀を突きつけ合う日だってそう遠くないのかも知れないのだ。
そんな会話をしている間にもスープは煮え、パンはいい具合に火が通り。スープをマグに注ぎ、そこにパンとスプーンを差した状態でディガンマはWへ手渡した。
「しないだろ、お前は」
自分の分のパンを齧り、なんてことのないようにディガンマは言ってのける。スープを一口啜ったWは得体のしれない珍獣でも見るかのようにディガンマを見やった。
「別にお前が本当に密告しても、俺はお前を恨んだりしない。お前がそれで一日でも長く生き延びられるなら後悔はないさ」
「……何それ」
ハ、と鼻で笑う。たかが傭兵一人にどうしてこうも入れ込むのか。何故、全面的に信頼と信用を寄せてくるのか。
理解出来ない。理解し難い。
Wはスプーンでスープの中の豆を突く。
「あんたって本当、変なヤツよね」
「ただお前が好きなだけだよ。W」
「言い方を変えるわ。物好きだわ、あんたって」
そう言いながら突き放さない限り、自分も相当の物好きなのかも知れない。
そう思いつつ、Wは勢い良く残りのスープに手を付けた。