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理想郷の道しるべ

 ガヤガヤと賑わいを見せる街の一角。洒落たカフェの前で白いリーベリの男は何処か浮足立った様子で『誰か』を待っていた。何度も時計で時間を確認したり服装を整えたり、カフェの店内を映すガラスを覗いて前髪を整えたりと、どれだけその者と会うのが楽しみなのかが手に取るように伝わってくる。
 それもその筈。彼――エリジウムが待っているのは同郷の仲間であり、恋人でもある女性なのだから。
 アーカディア。灰色の街からエリジウムが連れ出したエーギル人の女性。灰色の街から出たアーカディアはエリジウムと同じようにトランスポーターになりたいと言い、暫しエリジウムの下で経験を積んだ後に一人で旅をするようになっていた。
 定期的に連絡を取ったり行き先の街が同じであれば会ったりするが、それも毎回という訳ではない。数ヶ月振りの再会に喜ばない恋人なんてこの世に居るだろうか? そうしてエリジウムはアーカディアとの約束の時間より三十分は早く待ち合わせ場所に辿り着き、こうしてそわそわとしながらアーカディアの到着を待ちわびていた。
 しかし――エリジウムは上着の上から己の右腕を擦る。その下には、数ヶ月前には無かったモノがエリジウムの腕に存在している。
 源石結晶。エリジウムが感染者となった証左。感染者となった経緯と結果に後悔はないが、もしアーカディアの態度が変わってしまったら……という一抹の不安はエリジウムの心の中に存在していた。世話になっていた村でもエリジウムが感染者になった途端、人々の態度は何処かぎこちないものに変わってしまったから。仕方のない事だと分かってはいても。
 これのせいでアーカディアが別れを告げてエリジウムの元から離れると言うのなら、エリジウムは引き止めないと決めていた。彼女に嫌われたくはないから。
 期待の中に不安が混ざり、溶け込んでいく。アーカディアがどういう反応をするのかと思案していれば、行き交う人並みの中に見慣れた姿を認め、ハッとしたエリジウムは大きく手を上げて振った。向こうもエリジウムの姿に気付いたのだろう、同じく手を振って駆けてきたアーカディアはエリジウムの傍らまで来るとにっこりと笑みを浮かべた。

「エリジウム、久し振り! 元気だった?」

「僕は見ての通りだよ。君こそどう? 変わりはない?」

 雑談をしながらエリジウムはカフェの扉を開け、先にアーカディアを入店させる。礼を言いながら先に入れば、エリジウムはウインクをして応えた。
 席に通され、料理を注文する。届くまでの間互いの近況だとか仕事で面白かった事、楽しかった事、見た景色の事なんかを話し合い、料理が運ばれてくれば舌鼓を打ちながら雑談をする。その間もアーカディアは至極楽しそうに話したり相槌を打っていて、彼女の様子を眺めながらもエリジウムはいつ話を切り出すか迷っていた。
 この話が終わったら。次の話が終わったら。そうして機会を窺っていれば何時しかデザートが運ばれて来て、会計も終わってしまい。店を出た二人は特に宛もなく街を散策する。

「あの、さ……アーカディア

 歩きながら、ぽつりとエリジウムがアーカディアの名を呼ぶ。小首を傾げたアーカディアだったが、いつも明るくおちゃらけている彼にしては珍しく声のトーンが低く、緊張した様子にただならぬものを感じたのだろう。アーカディアは立ち止まり、エリジウムを向き直った。

「エリジウム……どうしたの? 何かあった?」

 アーカディアがエリジウムの腕に触れようとする。――体表に源石がある右腕に。
 反射的に右腕を引っ込めてしまう。体表の源石結晶に触れた程度では相手に感染しないと分かっているが、それでも彼女に源石に触れてほしくはなかった。
 
「あー、その……この間立ち寄った村でさ、色々あって感染者になっちゃったんだよね。あ、勿論悲観なんてしてないよ? 鉱石病に感染したとは言え、僕のイケメン具合が損なわれるなんて事はないからね」

 明るい声音と表情でエリジウムは言ってのけるが、それが本心なのか空元気なのかはアーカディアの知る由もない。
 そんなエリジウムの明るい表情に、ふと影が射す。

「でももし、君が別れたいって言うなら僕は――」

 それを引き止めはしないよ。
 そう紡ごうとした口は、アーカディアが両頬を抓ってきた事によって防がれてしまった。

「い、いひゃいよ!」

「エリジウムの馬鹿! ばかばか! そんな程度で私が別れようって言うと思ったの!?」

 ぐいぐいと容赦も情けもなくアーカディアはエリジウムの頬を抓んで引っ張る。エリジウムが抗議の声を上げてもお構いなしだ。
 エリジウムの頬を引っ張る手が止まる。そうして手を離したアーカディアはエリジウムの背に手を回し、優しく抱き締めた。
 抱き締められたエリジウムは身を固くさせる。腕を回すのを躊躇っていれば、柔らかな声が聞こえて来る。

「……エリジウムが感染者になったって、嫌いになんかならないよ。側に居たい。……居させてよ」

 背中に回された腕に力が込められる。暫し呆然としていたエリジウムだが、ややあってフっと笑みを零すとアーカディアの背に腕を回して抱き締めた。

「ごめんね、変な事を言って」

「本当だよ!」

 アーカディアがまた膨れっ面になる。アーカディアを解放し、手を繋いで歩き出したエリジウムがもう一つの本題を切り出す。

「実はロドスって製薬会社で治療を受けたんだけど、そこに来ないかってスカウトされてね。新設の会社だからトランスポーターも足りないみたいで、君が良ければ――」

「行く!」

 一も二もなくアーカディアが答え、エリジウムは思わず吹き出してしまった。

「でも良いのかい? 会社のトランスポーターになれば、今までみたいに自由にテラを見て回れないんだよ?」

「仕事で色んな場所に行けるでしょ? まあ、秘境とかは行く機会が減っちゃいそうだけど。でも、それ以上にエリジウムの側に居たいから」

 アーカディアが恥ずかしそうに笑う。その笑顔に愛おしさとくすぐったさを感じながら、エリジウムは握る手に力を込めた。
 並んで道を歩いていく。この歩いていく道が、いつか理想郷に辿り着く事を願いながら。


2024/04/21
 

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