惰眠を貪る
「ディーマ、居るか?」
レオントゥッツォはディミトリに充てがわれている執務室の扉を叩く。程なくして「開いてるぞ」と扉越しにくぐもった声が届き、レオンは片手に持つ書類の束に目を落としながらドアノブを回して扉を開いた。
「この間の仕事の話だが――」
入室して顔を上げ、レオンの動きが止まった。
レオンの視線の先にはソファがある。此処はディミトリの執務室なので、それは勿論来客を通した時に座らせる為の物だ。
そこに、堂々とルドヴィカが横になって寝ていたのだ。肘掛けに頭を乗せて足を悠々と組み、規則正しく寝息を立てている。まるで彼女が部屋の主かのような振る舞いっぷりだ。当の部屋の主は執務机に向かって書類に目を通し、ペンを走らせていて。
まるでその光景が当たり前とでも言う様子だ。……実際にルドヴィカは昔から頻繁にディミトリの執務室で昼寝をしていたりするのだが。だから、レオンとしてもそう驚くような事態ではない。どちらかと言えば日常の部類。
しかし此処はベッローネファミリーの屋敷であり、万全な警備をしているとは言えいつ敵ファミリーからの襲撃があるか分からないのだ。こんなに堂々と気を抜くのはどうなのかと、少しは思わざるを得ない。
ディミトリは書類から目を離さず、レオンに声を掛ける。
「ああ、レオンか。この間言っていた資料は持ってきてくれたか?」
「それは持ってきたが……」
ハッとし、手に持っている書類の束を軽く振って見せる。執務机の所まで行って書類を机に置けば、礼を言ったディミトリは早速その資料を手に取って読み始めた。
レオンが振り返ってルドヴィカを一瞥する。そうして呆れたような息を吐き、
「どっちが部屋の主か、これじゃ分からないな」
「寝かせて置いてやれ、俺のせいで寝れてないんだよ」
ディミトリとルドヴィカの関係は知っている。だから『そういう事』をしていたって何ら不思議ではないのだが、それを大っぴらに口にするのはどうなのだろう。レオンが呆気に取られていれば、寝ている筈のルドヴィカがもそもそと動き、上体を起こした。
ルドヴィカ眠たげにが大きく欠伸をする。
「……レオンが思ってるような事じゃないから」
「ディーマ……」
「半分は冗談だって。そう睨むなよ」
クツクツと喉を鳴らして笑うディミトリにレオンは鼻を鳴らす。
半分冗談、とわざわざ強調されればレオンも合点が行く。――ディミトリはルドヴィカのアーツを使って情報収集しているのだ。
ルドヴィカのアーツは己の影を狼のような形に変え、幾つかに分けた上で己の意思である程度操作が出来るのだ。人や物の影に紛れ込み、同化する事も出来るこの『影狼』は情報収集や偵察において非常に有能であり、作戦を立てる上では欠かせる事が出来ない。
しかし。同時に複数の影狼を操り、情報を並列して処理をする負担は計り知れない。だからルドヴィカはこうして隙を見ては眠って休息しているのだ。
「それで、向こうの動きはどうだ?」
気を取り直し、書類から顔を上げたディミトリが問う。眠たげに目を擦ったルドヴィカは卓上に用意しておいた紙とペンを取り、サラサラと紙面にペンを滑らせていく。書き上げたところでソファから身を乗り出し、紙を執務机に乗せた。その様子を見てたレオンが咎めるような表情をしながら腕を組む。
「怠惰が過ぎないか?」
「ディーマは気にしないもん。ほら」
座り直したルドヴィカが示す先で、確かにディミトリは彼女の行動を咎める素振りもなく紙に目を通していた。
此処まで堂々としていると、指摘している方が間違っているような気になってきてしまうのだった。