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それは祈りにも似ている

「レミュアン、 失礼するよ」

 静かな病室はよく声が通る。春に芽吹く若草のような髪を持つ、修道士めいた服装の青年は静かに入室すると持ってきた花を花瓶に差し、閉じられていた窓を開け放った。春の柔らかな温度を持った風が入り込み、清潔そうなカーテンと青年の髪を揺らしていく。

 青年――リエトペレグリーノはベッドの傍らにある丸椅子に腰掛け、ベッドで眠る女性に声を掛ける。

 レミュアン。リエトの同僚であり、彼にとっては最も愛おしい人物。『ある事件』から昏睡状態に陥っている彼女の下にこうして通うのは、もう五年になるだろうか。

「久し振りの訪問になっちゃったね。それがさ、任務でシラクーザまで向かう事 になっててさ。いやー大変だったよ! 会議はピリピリしてるし、マフィアはおっかないし……ああでも、休暇に観た映画は結構面白かったかな。『トゥー・オールド・レイピアズ』ってヤツだったんだけど、あれはレミュエルとか好きそうだなって思ったし、後は――」

 身振り手振りを交え、明るい声音でリエトは話を続ける。 返事が来ない事は百も承知だが、こうして語り続けていたら次の瞬間にはふっと目を開けて体を起こし、クスクスと笑って相槌を打ってくれそうな気がするのだ。

「サンセット礼拝堂の近くに新しいワッフル屋が出来たんだ。フェデリコ……ああ、公証人役場の同僚と行ったんだけど、それがめちゃくちゃ美味しくて! きっとレミュアンも気に入ると思うよ」

 レミュアンの手をそっと握る。白い鱗獣のように白く細い手指だが、この指が引き金を引けばどんなに遠くの獲物だって狙い撃てる事をリエトは知っている。

「だからさ、レミュアン……」

 握った手を己に額に当てる。一瞬前まで明るい笑顔を浮かべていたリエトは、今にも泣き出しそうな程にくしゃりと顔を歪ませていた。

「早く起きてよ。君と沢山話がしたいんだ」

 君の声を忘れてしまう前に。

 君の笑顔が思い出になるより早く。


2025/12/12

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