演者はかく語りき
「次に開かれた階ってのは此処か……」
緑に染まった芸術の階から伸びる階段を上りきり、ローランが一人呟く。チラリと一瞬背後に目を向ければ壁も階段も緑一色なのに、階段を上りった先の床は黒とも青とも呼べる色へガラリと変貌していた。これより先は新たな階、新たな司書と言うのだろう。
歩き出しながら周囲を見回す。……この色を言語化するのなら『藍色』と言うべきなのだろうか。そんな藍色のフロアはライトの類が落とされているのか薄暗く、部屋の全貌を伺えない。
「司書も何処に居るんだよ……」
姿が見えないのをいい事に、これ見よがしに悪態を吐いてみる。フロアが暗いのだからまだ司書も寝ているんじゃないかと思っていれば――唐突にフロアの奥にパッと光が灯り、その眩しさに一瞬ローランは顔を顰めた。
「ようこそ、演劇の階へ!」
その高らかな声は演者の如く。
明かりの灯されたその場所――スポットライトの真下は舞台になっているようで、そこに一人の女性が立っている。フロアと同じ藍色を纏った、茶髪の女性。彼女がこの階の司書であるのは明らかだ。
女性の声と共にフロアの壁際にあるライトも点灯していく。そうして全貌が明らかになったフロアは演劇の階の名に相応しく、立派な舞台の手前に上等そうな観客席がずらりと並んでいた。そこだけ見れば一見ただの劇場のように見える。
しかし壁際。そこにはずらりと背の高い本棚が並んでおり、みっしりと本が詰め込まれている。ザッと見ただけだが劇の元になった詩集や物語など、やはり演劇に関する本が多い。
藍色の絨毯を踏んでいく。向こうも舞台を降りて此方に向かって来ており、観客席の半ば程で二人は対面しあう。
司書がニコリと笑う。人懐こそうな笑みは先んじて会っているイェソドとは正反対の印象を受ける。
「私がこの演劇の階の指定司書、ツァディーだよ!」
「こんちわ、ローランだ。俺は……」
「知ってるよ! アンジェラの召使いなんでしょ?」
ローランの笑みが引き攣る。この司書、無邪気に人の心を抉るタイプだ。
軽く握手を交わすとツァディーは壁際に並んだ本達を手で指し示す。
「もう他のセフィ……じゃなくて指定司書達から聞いてるだろうから説明は省くけど、私は都市の《演劇》に関する本を集めて整理してるの。ローランが本を持ってきてくれたらこっちで分類するから宜しくね」
「あいよ。……そう言えばあんたもアンジェラと対立してるクチか?」
純粋に気になった。今までローランが会った指定司書――マルクト、ホド、イェソド、ネツァクは誰もが館長であるアンジェラに悪感情を抱いていた。まだ詳しくは分からないが彼女らの間で交わされた取引がどうだとか、それより前の因縁に因んでいるとか。
だから目の前の彼女もそうだと思ったのだが、ツァディーは意味を測りかねるようにきょとんとした後、ブハッと勢い良く吹き出した。逆にローランの方が困惑してしまう。
「プッ……アハハハ!」
「な、何だよ……そんなに笑うような質問か?」
口元に手を当ててクスクスと笑いながらツァディーは続ける。
「いや……フフ、ごめんね……ローランがそう思うのも無理ないよね。でも私は別にアンジェラに悪感情なんて抱いてないんだ」
「じゃあ俺と同じって事か?」
「何とも思ってないよ」
微笑まれながら告げられた言葉は、あまりにもその表情にそぐわなくて。ローランの背中に薄ら寒いものが走る。
「良い感情も悪い感情も、何にも抱いてないよ。アンジェラの願いも目的も私にはどうだっていい。私が興味あるのはネツァクだけ。ネツァクさえ居れば何だって良いんだ」
さて、とツァディーが切り替えるように手を叩く。
「そんなワケで、此処に私が居なければ芸術の階に居る事が多いから、何かあったらそっちに来てね。宜しく、ローラン!」
「あ、あぁ……」
釈然としないままローランは総記の階へと戻るべく踵を返していく。去り際もツァディーはニコニコとローランを見送っていて。
まるで『人の良い誰か』を演じているようだ、なんて思いながら、ローランは階段に足を掛けた。