Face the Fear,
Build the Future
――目を開ける。眠りから目覚める。
けれどそれはあくまで比喩に過ぎない。この体に目はなく、眠りにつくという表現もあまり正しくはないのだから。
四角いロボットの体に、『誰か』の記憶と記録をベースに作られた人格を宿した高性能のAI――それがこの《ロボトミー・コーポレーション》における部門管理者・セフィラの存在意義だ。
休止状態から復帰した安全チームの副セフィラ――ツァディーはアイカメラを数度点滅させる。それは人間で言うなら目をパチパチと瞬かせる動きに相当するのだろう。そして今が何日で何時であるか把握し、腰掛けていた椅子からぴょいと飛び降りた。
朝八時五十分の、安全チームの休憩室。まだ始業前である為職員は一人もおらず、安全チームのセフィラであるネツァクも姿を見せていない。……まあ、始業時間になっても姿を見せない事の方が多いし、いざ探しに行けば泥酔状態で廊下で転がっていたりする場合が多いのだが。
もう少しすればチラホラと職員たちもやって来るだろう。来るまでに今日収容される予定のアブノーマリティの情報でも纏めていようかと考えたところで、ツァディーの視界にちらりと映る物があった。
鏡だ。全身が映るタイプの。それは出勤前や休憩上がりに身嗜みが乱れてないかチェックしろ、という意味を込めて、休憩室の出入り口の側に配置されている。
その中に映るツァディーは、当然四角いロボットの形をしている。藍色を基調としたロボットが、同色のアイカメラをくりくりと動かしている。
「あれ? 認知フィルター、切れてるや」
そこで気付く。
認知フィルター。それは此処で働く者全てに適用されており、見ただけで正気を失うような見た目のアブノーマリティも可愛くポップな見た目に変換され、スプラッタな状況も大分軽減された映像として脳が認識する、大変優れた機能だ。
それが切れているという事は――凄惨な状況をそのまま見る事になるし、ロボット型であるセフィラ達をそのままの姿で認識する事となる。
ツァディーは己の認知フィルターを調整する。一瞬の暗転の後、鏡に映り込んでいたのはスーツに身を包み、藍色の腕章を左腕に付けている一人の女性だった。
ツァディーが笑えば、鏡の中の自分もにっこりと笑う。認知フィルターは正常に機能しているようだ。
「よし、今日も元気にお仕事!」
幾つかの書類が挟まれたバインダーを机から取り、ツァディーは休憩室を後にする。
今日も未来の為に、恐怖に立ち向かう日が始まる。
「も~ネツァク~! 起きて歩いてよ~!」
「もう少し寝かせてくれよ……」
「駄目! 会議に遅れちゃうから!」
長い緑髪の男に肩を貸し、ずるずると引き摺って歩きながらツァディーは大きな声でぼやく。その声に反応するように男――安全チームのセフィラ・ネツァクは嫌そうに唸り、よろよろと覚束ない足取りで歩を進めていた。
酔っているかのような足取りは正しく彼が酒を飲んで泥酔している事の証左であり、缶ビールの空き缶が転がる廊下で同じように転がっているネツァクを、どうにかこうにか引き摺って会議室まで向かっている最中であった。
ネツァクの世話を焼くのは好きだ。それはネツァクの事が好きだからというのもあるし、安全チームの副セフィラとして彼の面倒を見るのが役目というのもある。
しかし、だ。自身より身の丈があり、泥酔状態で自分の体重を支えきれずに此方に体を預けてくる男を引き摺ってそれなりの距離を歩くというのは、なかなかに辛い。なんとか会議室に辿り着いたツァディーはネツァクへ空いている席に座るよう促し、自身も空いている席に腰掛ける。
席に着けばチクチクとした視線が二方向から向けられてくる。苦笑しながら「ごめんねぇ」と謝れば一人――情報チームのセフィラ・イェソドは呆れたように溜息を吐き、小柄な少女――中央本部チームのセフィラ・ティファレトは耐えきれないと言うように机を強く叩き、勢い良く席を立った。
「どうして毎回毎回遅刻が出来るわけ!? 安全チームって本当に意識が低いのね! アンジェラ様は何でこんな奴らをセフィラにしたのかしら!」
「そう言われても、私だって目を開けたらセフィラだったしなぁ」
ティファレトは同意を求めるようにアンジェラを見やるが、アンジェラはいつものように瞼を伏せ、涼しい顔で沈黙を貫いていた。
セフィラであるという事実も、ロボトミー社で一番大きい中央本部チームを束ねている責任感などから来るのだろうが、ティファレトはプライドが高い。それは彼女の率いる第一チームの職員も例外ではなく、規律に厳しい情報チームと衝突しがちとは聞いている。
対してネツァクとツァディーは、セフィラとしての意識が高いかと問われれば低いと言わざるを得ないだろう。片や飲んだくれ、片や補佐役。だから別新しいセフィラに『交換』してくれとティファレトがアンジェラに懇願する度、彼女はこう答えるのだ。
「ティファレト、何度も言っている筈よね。彼らには彼らにしか出来ない役目があるって。これが正しい形なのよ」
いつもと変わらない、同じ返答。その度にティファレトは耐えるように唇をぎゅっと引き結び、ネツァクはそれみたことかとへらへら笑うのだった。
「だから言ったろ、ティファレト。どれだけ言っても無駄だって」
「私はちゃんとお仕事してるもんね~」
「……ふん。部門を任せて貰えない、半端はセフィラのくせに」
ティファレトはキツくツァディーを睨みつけるが、歯牙にも掛けない様子でツァディーは手元の書類を捲っている。
アンジェラが軽く手を叩く。それが合図となり、上層と中層の合同会議が始まるのだった。
少しだけ歪な日々は、今日も続いていく。