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Who Killed the Book?

 ――突如としてL社の跡地に現れた《図書館》が《都市》の南部を侵蝕し、氾濫してから既に十三年が過ぎた。
 数多の人々を殺し、知識を吸収して肉付けし、質量を増していくその怪物を討伐出来る者などなく、ただただ無意味に長い時間が過ぎ去っていった。
 都市で最も眩い星のように輝いては、その眩しさに何人たりとも目を塞ぐことは許されない。


 シン、と静まり返った薄暗い図書館に、二人分の足音が木霊する。通路の左右に広がる背の高い本棚たちは埃を被っていて、床の至る所にはうず高く本が平積みされており、人の手がどれだけ加わっていないかをありありと示していた。
 二人の穏やかな歩調はまるで本を借りに来た利用客がのんびりと背表紙を物色しているようであり、或いは荘厳な造りの図書館を見物しに来た見物客のようでもあった。
 ――けれど、それは彼女らの背後に血の道が広がっておらず、人の形を成してない怪物たちの残骸がなければの話なのだが。
 青い髪の女が抜き払っている剣の血をふるい落としていると、傍らを歩く緑のジャケットを羽織っている女が気楽そうに口を開く。その手には長大なランスが握られたままだ。

「此処が噂の図書館か……初めて来たけれど、まあ随分と素敵な場所じゃないか」

 そう言い、ランスを肩に担ぐ。
 数多のフィクサーが挑み、《本》として消化されていった図書館。それを可能にしたのは此処に御座す司書が強大な力を持っているからなのだが、そこに至るまでの道のりで現れる《門番》たちの力も大きいのだろう。
 聞くところによれば、怪物たちは《幻想体》と言い、かつて此処にL社が建っていた頃は彼らから生まれるエネルギーを糧にしていたらしいが。まあ、それは過去の話だ。人々を散々殺戮せしめた怪物たちも、既に彼女らの手によって物言わぬ骸と化している。
 最奥へと向かう。玉座のような椅子に腰掛けていたのは、黒い羽を集めて繕ったようなドレスを身にまとった、蒼白な髪をした女だった。
 二人は玉座へ繋がる階段の前で足を止める。司書を見上げれば、寒々しい視線と交わった。

「こんな危ない怪物を集めておいて、だいぶやらかしてくれましたね。司書さん」

「……お疲れ様」

 吐き出された労りの言葉は、何処か疲労を積もらせていた。
 ランスを持つ女がまじまじと蒼白の司書を観察する。精巧な人形のように整ったかんばせ。抜けるような空色の髪。無感動で寒々しい眼差し。十三年も都市の頂点に君臨したその司書は人間だと言うのに恐ろしいまでに無機質さを帯びており、血の通わない機械のような印象を抱かせた。
 あり得ない、と心の中で笑う。人間と遜色のない見た目をした機械の創造も、自我を持ちうる程の高度な人工知能も都市の《禁忌》に触れるというのに。

「貴方の仲間は……ブックハンターはどれだけ死んだの」

「数え切れません」

 ブックハンターと呼ばれた青髪の女があっさりとした口調で答える。
 その返答は、司書にとっては愚問にも等しかったのだろう。鼻で笑った司書は肘掛けに肘を置き、頬杖を付いてブックハンターを見下ろした。

「これからも数え切れない程、多くの人々が死んでいくのよ。私は人間を識っているわ。都市が隠してしまった人間の真実を識ってしまったから」

 司書の視線がブックハンターの隣へ向かう。
 そう言えば、傍らの女に見覚えがない。ブックハンターとしてこの図書館に挑む無謀な者は多少なりとも顔を覚えているだろうし、何より司書は記憶力には自信がある方だった。それこそ嫌な記憶すら忘れられず、誰かの言葉を一字一句違わずに覚えていられる程には。
 なのに知らない顔とは。彼女はブックハンターではないのか。そう思案していれば視線に気付いた女がにこりと人の良い笑みを浮かべ、ランスを背中に背負ってから恭しい動作で片手を胸に当てると綺麗に一礼して見せた。

「見ない顔ね」

「お初にお目にかかる。私は彼女の《案内人》であり、本を収集する《ブックコレクター》でもある、しがない《フィクサー》だ。私が求める本が此処にあるかも知れないと彼女に聞き、参上した」

 頬杖を付いている司書がつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「案内人を自称するくせに、此処には立ち入ったことが無かったのかしら」

「いやはや、お恥ずかしい。案内人を謳いながら、この図書館に足を踏み入れたことが無かったのだからね。一つ言い訳をさせて貰うと、私は外郭や遺跡を探索するのを専門としていてね。都市に来るのは久々だったんだよ」

 司書の言葉に気分を害した様子も見せることなく、ブックコレクターは軽やかに笑うと懐から一冊の本を取り出した。その赤い革張りの本のページを開き、大仰に掲げる。その所作はまるで舞台の中心に立っている演者のようだ。

「気付けば小さな図書館が、いつしか都市を照らす星の如き高みへと至っていた……中々に詩的だが、随分と派手にやってくれたようだ」

 朗々と読み上げ、本を閉じる。それが合図であったかのようにブックハンターの女は一歩前に進むと、携えている刀に手を掛けた。
 終演を悟ったように司書は瞑目し、僅かに頭を垂れる。訪れるであろう永遠の眠りを待ち望んでいたかのように。

「お疲れ様でした。どうか永遠に死んでください」

「眠らせてくれて有り難いわね。名前の無かった子よ」

 嗚呼、星が墜ちて行く。



 蒼白な司書が最後の一息を吐いた時。周囲の景色がまるで蜃気楼が霧散でもするかのように溶けて消え失せていった。
 夢か幻でも見てたのかと疑ってしまう光景。後に残されたまっさらで広大な更地に佇みながら、ブックコレクター――エストールは残念そうに溜息を吐いた。

「はぁ……やっと目当ての本が手に入ると思っていたのに。まさか蜃気楼の如き城だったとはね」

「彼女のEGOだったみたいだね」

 冴え冴えとした刀を鞘に収めて、ブックハンター――バリが事も無げに言ってのける。
 EGO。その者の精神や自我が具現化したモノ。形成される形は千差万別で、武器と防具の一揃いで表れる時もあれば道具の形を取るとも聞く。今回はその形がこの広大で巨大な図書館だったというだけの話なのだろう。
 エストールはランスを背負うと口元に手を添え、くすくすと笑みを零す。

「案内人たる私が本来依頼人である君に案内を頼むなどと言う、随分と愉快なことをしたと言うのに。残念でならないよ」

「……そんなに熱心に探す本があるの?」

 そう言えば聞いたことが無かったな、とバリは気付いた。
 二人で旅をし始めて随分と経つ。バリの求める《花》を探しに古今東西に足を伸ばし、あらゆる遺跡を調査した。その最中の会話で彼女が何かしらの本を探しているというのは既に知っているが、その本の内容までは訊ねたことがなかったのだ。気になって問うてみれば、ふむとエストールは思案顔になる。

「そう言えば、君に話したことはなかったか。まあでも、君は察しが付いているんじゃないかな?」

 エストールは懐に手を入れ、一冊の本を取り出す。それは少し前に蒼白な司書の前で取り出した本であり、彼女が常日頃から持ち歩いては書き記している本だ。手記や日記帳とでも呼ぶべきか。
 赤い本の表紙を大事そうに撫で、エストールは続ける。

「――《全ての物語が記された本》」

「確かに、それはなかなか見つからないだろうね」

 この世にある童話、民話、あらぬ噂、都市怪談、都市伝説。そういったものが全て記された本ともなれば、ありそうなのはこの図書館くらいだろう。それも結局は確認出来ずに終わってしまったが。
 そして、エストールがその本を探す理由も合点がいった。きっとそれは、《彼》の為に――

「さて、バリ。そろそろ行こうか。いつまでも荒野のド真ん中に突っ立ってはいられない」

「そうしようか」

 並び、図書館だった更地を歩き始める。
 夜空を見上げれば、まばらに散る星たちが睥睨していた。


2025/11/19

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