ネツァク誕2025
「ネツァク、誕生日おめでとー!」
総記の階での用事を終えて芸術の階に戻ってきたネツァクを待ち受けていたものは、そんな明るいツァディーの声と共に視界を埋め尽くす勢いの紙吹雪だった。
重力に従って落ちていく紙吹雪を一瞥し、頭に乗っかった紙片を払ったネツァクが口を開く。
「……で、これは一体なんなんだ?」
「何って……ネツァクの誕生日パーティーだよ?」
放ったばかりのクラッカーを下げ、後方を振り返ったツァディーが「ねー?」と問えば、共に盛大にクラッカーを発射してネツァクを祝った司書補たちもうんうんと頷く。
ツァディー越しに奥を見やれば、床に平積みされていたり散らばっていた本はある程度片付けられ、描きかけの絵があったキャンバスは端に寄せられたりしてフロアの中央にスペースが作られており、そこに置かれた丸テーブルの上には白いケーキが見えた。シャンパンやワインらしきボトルも見られ、少しだけ心が踊ってしまう。
いや、その前にこの状況だ。ネツァクは軽く頭を振る。
もう何年も――ロボトミー社での繰り返しを含めるのなら何万年も誕生日など祝ってなかった筈なのだが。それがどうして、こうも唐突に。ネツァクがそう思っていれば顔に出ていたのだろう。胸の前でワタワタと手を振りながら、ツァディーは何処か焦ったようにしながら早口に捲し立てきた。
「ほ、ほら! 今は前と違って機械の体じゃなくて一応人の体だし! 食べて飲んでが出来るからネツァクも喜んでくれるかなって司書補たちとも話し合ってさ! ねっ? 折角だしって思ったんだけど……」
取り繕うようにツァディーは笑ってみせるが、はぁ、と一つ嘆息すると気不味そうに頬を掻いた。
「……やっぱり、嫌だったよね。勝手に祝われるの」
「……、それは」
明確に言葉にはしないが、ツァディーがそう口にする理由はネツァクが抱いていた『生きることへの諦観』を示しているのだろう。
彼女は知っている。ネツァクが如何に生に対して無気力であったか。希死念慮を抱いていたかを。それを抱いている者に対して誕生日を祝うなど、皮肉にも程があるだろう。
だからツァディーは後ろめたさを感じているのだろう。祝いたい気持ちはあるが、迷惑ではないかと。この気持ちは押し付けがましいのではないかと、不安がっている。
少し前の……ロボトミー社時代のツァディーであれば問答無用でネツァクを祝っていた筈だ。強引にパーティー会場に連れ出していたに違いない。でも、そうせずにこうしてネツァクのことを慮るようになったのは、彼女がほんの少しだけ成長して、周りと自分をよく見るようになったからなのだろう。
気怠そうに頭を掻き、ネツァクは口を開く。
「まあ……ぶっちゃけると、今更どうしてって感じは拭えないよな」
「うっ……そ、そうだよねぇ……」
「頼んでもねぇし」
「うぅ……」
ツァディーはガクリと肩を落として見せるが、「けど」と続けたネツァクの言葉に顔を上げる。
「合法的に酒が飲み放題って言うなら……行かないわけにはいかねぇよな?」
悪巧みを思いついたかのようにニヤリと笑えば、一瞬面を食らったかのように呆けていたツァディーの顔に再び笑顔が宿った。
……何も変わったのがツァディー一人というわけではない。ホドやマルクト、イェソド、そしてネツァクだってロボトミー社での経験を通して変わったのだ。
そして何より――傍らで笑う彼女が自分が生きることを切に望んでいたから。もう少しだけ生きてみようかななどと思ってしまったのだ。
「ほら、行くぞ」
「あっ、待ってよネツァク!」
通り過ぎ様にツァディーの頭をぽんと撫でていき、ネツァクは司書補たちの待つフロアの中央へと向かっていく。撫でられて少し乱れた髪を押さえたツァディーは、それでも嬉しそうに笑ってその背中を追いかけていった。