メロすぎて滅!
刃が月の輝きを受けて闇夜に煌めき、鋭く横に一閃される。
苦しげに呻く声に続いて、どう、と重たく体が倒れる音。倒れた人影の向こうに佇んでいたズーヨウは無感動そうに死体を一瞥し、刀を鞘に納めた。
「悪いな。お前らも命令なんだろうけど、俺も主君に轡を握られる獣の一人だからよ」
そうして同じ《黒獣》という括りではあれど、所属も仰ぎ見る主君も異なる《巳》の刺客から視線を外したズーヨウはその死体を跨ぎ、薄暗い裏路地から明るい大通りへと向かう。
ジア・チォウが《家主審査》の有力候補と噂されればされる程、その恩恵に預かれないかと光に誘われる蛾のようにすり寄ってくる勢力は後を絶たないし、逆に審査が始まる前に始末してしまおうと刺客を放つ者も多い。
刺客だって質はまちまちだ。ズーヨウやズールゥの実力に喰らいつく程優秀な者もいれば、《子》のように数だけワラワラと多い勢力もあるし、実力差を理解して命乞いをする者だっている。
一番辟易するのは、一番最後の命乞いをする者と対峙した瞬間だ。ズーヨウにしてみれば理解出来ない存在である。
だって主君には忠実であるべきである。主命は絶対だし、それに背いて情けなく命乞いをするなど、みっともなさすぎて軽蔑してしまう。そういう奴こそ早急にくたばってほしい。
「……って思うんだけど、どう思うよ? ズールゥ」
後日、待機している宿場の居室の縁側にて。
《黒獣》としての服ではなく、ゆったりとした動きやすい服に身を包んでいるズーヨウは胡座を掻き、饅頭を頬張りつつも傍らで湯呑みを傾けているズールゥへ声を掛けた。此方も黒を基調とした私服を身に纏っている。
「そうだな……」
ズズ、と茶を吸ったズールゥが静かに口を開く。
「まあ、そういう者は速やかに処した方が良いだろうな」
「だっろぉ~!?」
絶好の同意者を得たズーヨウは声を大きくし、食べかけの饅頭を持った手を振るう。中の餡が飛んでこないように、ズールゥは僅かに上体を傾けて隣のズーヨウから距離を置いた。
「主君の為に命の一つや二つ、三つや四つは賭けられなくてどうすんだよな。はぁ~情けねぇ」
心底軽蔑したようにズーヨウは吐き出し、残りの饅頭に齧りついた。そして湯呑みを掴んで茶を啜る。少し渋めで熱々の茶が甘ったるかった口の中を程よく爽やかにしていき、モヤモヤとしていた胸中の悩みも一緒に洗い流してくれるかのようだった。
しかし、とズールゥが一拍置いて紡ぐ。
「……軽率に命を使い潰すのも考えものだと、私が思うがな。丸も生命保険も、効果は無限ではない」
「それはそう」
甘い蒸しパンに手を伸ばしながら、反対の手でズーヨウはズールゥをビシリと指差す。
H社の技術である《丸》と《生命保険》はどちらも非常に優れたものだ。致命傷を負っても丸を服用すれば治癒出来るし、頭さえ無事ならば生命保険で蘇生出来る。まあ、どちらもそれなりの値段を払えばの話なのだが。
しかし――そう簡単に何度も回復出来るわけではない。
丸は服用するリスクが高く、治癒箇所が逆に奇形となって使い物にならなくなる可能はあるし、生命保険で蘇生すると記憶の欠如が発生する。何事にも代償が付き物なのだ。
「ま、その位の気概で仕事しろっつーのが俺の言いたいことで……」
もう一つ蒸しパンを口に放り込み、あっという間に胃袋へ送ってしまったズーヨウは茶をおかわりし、湯呑みに口をつける。
その瞬間。
「主君の命に殉ずることは〝信〟であり美徳とされるが……俺はお前にそう教えを説いたことは無かった筈だ」
「ブハッ!!」
静かに響いた重低音の声に、口に入れたばかりのお茶があらぬ方向へ吹き飛んでいった。
ズーヨウは喉元を押さえて激しく咳き込む。どうやら気管に入りかけたらしい。
「ごほっ、げほ……へ、変なとこ入った……」
「主君の気配に気付かないからだ」
噎せるズーヨウを尻目に、フンと鼻を鳴らしたズールゥは静かに茶を飲んでいる。
良かった、此処が縁側で。部屋の中で茶を吹き出していたら惨状を見たズーゴンが何て言うか。
ゴホゴホと噎せ、口元を袖で拭ったズーヨウが恐る恐る背後を振り返る。
「しゅ、主君……何時からそこに……?」
「主君の為に命を賭けられないでどうする、という辺りからか」
「……ッス……」
背後に立った主君――ジア・チォウと向き直ったズーヨウは胡座を止め、正座するとシャンと背筋を伸ばし、居住まいを正す。
「ズーヨウよ」
「はい」
降ってくる厳かな声に、ズーヨウは僅かに頭を下げる。気分はさながら裁判で判決を下される前の罪人だ。
「確かに、臣下は主命に命を賭けるべきだろう。しかし、俺は生を賭せとは言っても、無闇に命を使い潰せなどと一度も下したことはない」
「そうですね」
そう、チォウは一度たりともそんな命令を下したことは無かった。ズーヨウにも、ズールゥにも。安易に回復出来る手段があるから死んでこいなどという、仁の欠いた命令は。
「命を何度も使う気概で戦え」という部分はチォウの言う「生を賭して」という部分とあまり相違ないが、流石に三つも四つもとは口が軽すぎたなとズーヨウは己の言葉を恥じる。
恥ずかしさと悔しさが込み上げてきて、ズーヨウは膝の上に置いている手をグッと強く握りしめた。
「……申し訳ありません、主君。俺の言動が軽率でした」
深く頭を下げる。こんな浅慮では胸を張って彼の臣下だとは言えないだろう。
暫しの沈黙。ややあってチォウは次の言葉を紡いだ。
「……俺は、俺の寅をそのような軟弱に鍛え上げた覚えはないのだがな」
その瞬間、ズーヨウのは雷に撃たれたような衝撃を受けた。
俺の寅?
今俺の寅って言いました?
〝俺〟の!? 〝俺〟の……!?
チォウの放ったその一言が、脳内でリフレインしていく。そうしてズーヨウは苦しそうにぎゅうと胸元の服を強く握り締め、真横に勢い良く倒れた。けたたましい音に流石のズールゥも見て見ぬ振りが出来なかったのか、ビクリと体を跳ねさせている。
「……大丈夫か」
「はい…………今後もこの命が続く限り誠心誠意主君に仕えさせて頂こうと再度決心をしたところで……」
「無事ならば良いが」
床に転がって悶えながら、息も絶え絶えにズーヨウは返事をする。
やっぱりこの主君、メロすぎる。