Amurita
長い長い、鉄檻寺からの帰り道を辿る。鬱蒼と茂った林に囲まれ、道の両サイドに仏壇がずらりと並び立つその様子は、厳かさを感じさせると同時に仏像全てに監視されているような錯覚を抱かせるには十分だった。
そんな帰路を、ダンテ含めた囚人たちは黙々と上っていた。それもそうだろう。《親指》のレイホンに続いてホンルの祖母でありねじれと化したジア・ムーとの戦闘があったのだから。誰もが疲弊しきっていた。
一応背後を警戒すべく、殿をラウィニアが務めながら歩を進めていく。そのすぐ隣をシンクレアは歩きながら、チラチラとラウィニアの顔を窺っていた。
ラウィニアの様子が、少しおかしい。普段よりも口数が少なく、表情も浮かないのだ。
普段から溌剌として明るい彼女も流石に連続戦闘で疲弊しているのかと最初は思っていたが、どうにもそう片付けるには抱いた違和感が大きすぎる。声を掛けた方がいいのか、それとも放っておいた方がいいのかと思案しながらチラチラと窺っていたが、意を決したシンクレアはハルバードを握る手に僅かに力を込めながら、ラウィニアの名を呼んだ。
「……あの、ラウィニアさん」
一拍程遅れて、ラウィニアがシンクレアへ顔を向けた。
「……ん? どしたの、シンクレア?」
微かに笑ってみせるが、やはりその笑顔には何処か覇気がない。
ラウィニアは、時折こうした顔をする。諦めたかのような、全てに興味がなさそうな顔を。そこで声を掛けると決まって取り繕ったような笑顔を浮かべるのだ。
おずおずとシンクレアが声を掛ける。
「その……大丈夫ですか? 何だか元気がないように見えて……」
そこまで言って、元気がないように見えるなんて皆も同じだろうにという思考がよぎる。
当たり前なことを言ってしまったなとシンクレアの頬に一瞬朱が走るが、ラウィニアは目をぱちぱちと瞬かせた後にくしゃりと苦笑を零した。
「あはは……ちょっと考え事してたんだよね。分かっちゃった?」
「……そうですね」
分かるに決まっている。ずっと側で横顔を見てきたのだから。
ラウィニアは歩くスピードを緩める。先を歩く囚人たちに聞かれないよう、けれど有事の際には反応出来る程度の距離は保ちながら。隣を歩くシンクレアも歩く速度を落とした。
足元に視線を落としながら、ラウィニアはぽつりと呟く。
「なんかさ……不死とか不老とかって、そんなに良いものなのかなって思ったんだよね」
その声はどこか冴え冴えとした感情を孕んでいた。心底拒絶するように、不理解の生物へ投げかける問いかのように。
不安になって、思わずシンクレアはラウィニアの顔を見やる。見た横顔は何の感情も浮かんでないような無表情であり、滅多に見ないラウィニアの表情を受けてしまったシンクレアを背筋にゾワリと得体のしれない恐怖が伝っていく。
だって、こんなラウィニアは見たことがない。時折陰を落としたような表情はするけど、それでも何時もニコニコとしていて明るいのが彼女で――
ハッとする。
それは、あくまでラウィニアの側面の一つでしかなかったのでは?
何も知らない。全てを知らない。《ラウィニア》という人を、シンクレアは知りきれていない。
途端、隣を歩いているというのにラウィニアとの距離が途轍もなく離れているように思えた。手が届く場所に居るのに、シンクレアがどんなに手を伸ばしたって届かない場所に彼女は立っている。
革靴が石で出来た階段を叩く。
「確かに不老不死って、人類の到達点だと思うんだよね。皆がそれを願って、それに至りたいから色んな手段を用いて生きようとするんだし」
K社のアンプル。H社の丸。生命保険。義体。他にも数え切れない程の〝生きる〟為の術がこの都市には用意され、日々研究されていく。彼らの願いは何時だって「死にたくない」で「生きたい」であり、それが連綿と続いた先に待ち望んでいるのが《不老不死》という到達点。
「その末路があんな怪物だって?」
夢のような場所が碌でもないと、ラウィニアは吐き捨てる。
そんなのは偽りの楽園であって地獄なんだと言うように。
「確かに……あそこに居た方々の姿には驚きましたけど……」
鉄檻寺に居たホンルの〝ご老人方〟の姿を思い出しては、シンクレアの顔色が僅かに悪くなる。
命を伸ばす為に様々な手段を用い、人としての枷が外れた御歴々の姿は、最早人と正しく呼べるような姿かたちをしていなかった。肥大化した者、義体のような形の者、ミイラのような者もいれば、水槽の中でしか生きられない姿をしていた者もいた。
それを正しい生者と呼べるのか。
これが人類の求める不老不死の姿だとでも言うのだろうか。
「私は、あんな姿になってまで生きたくはないな」
ラウィニアが自嘲気味に吐き出す。少なくとも、ラウィニアの中ではあれが不老不死の頂点であるとは言えなかった。
悍ましさを堪えるようにラウィニアが片腕を擦る。
「あんな……怪物みたいな姿。あんな風になるなら、私はさっさと死にたい」
「……ラウィニア、さん……?」
心の底から唾棄するように絞り出される声に、シンクレアは不安げに眉を顰める。
ラウィニアはいつも死に対して忌避感が薄いと思っていた。怪我を負うのも厭わないし、命も簡単に投げ出してしまう。その理由が、正に今ラウィニアが口にした――〝早く死にたい〟という言葉に込められているのではないかと、そう思えてならないのだ。
ラウィニアがシンクレアへ視線を向け、小さく微笑む。普段の快活な笑みではない。今にも消えてしまいそうな、儚い笑みだ。
「……私がもし怪物になったらさ、シンクレアが殺してくれる?」
「そ、そんなの……」
声が震える。そんなの出来るわけがない。したくない。
ラウィニアはシンクレアに手を差し出してくれた。人は誰しもが間違いを犯しながらも生きているのだと、だからシンクレアも生きていて良いんだと、許しを与えてくれるように言ってくれた。
だったら、次は自分がラウィニアの手を取る番ではないのか。震える指先と恐怖を抑えるように拳を強く握ったシンクレアは、意を決して口を開く。
「そんなの……僕には出来ません。だけど、」
シンクレアが立ち止まる。何事かとラウィニアも立ち止まってシンクレアを見やれば、自然と二人で向き合う形になる。
黄色の双眸がしっかりとラウィニアを見据え、おず、とラウィニアが気後れする。
逃げられない、と漠然と思ってしまう。
「ラウィニアさんが立ち止まりそうな時、苦しい時……死にたくなってる時に、手を差し伸べることは出来ます。だから……」
シンクレアが手を伸ばし、ラウィニアの手に触れる。ビクリとラウィニアの指先が跳ねるが、振り払われたりはしなかった。
もう片方の手も伸ばし、両手でラウィニアの手を包み込むように握る。黒手袋越しにじわりとラウィニアの体温を感じた。
生きている。しっかりと。
「僕を頼ってください、ラウィニアさん。……僕は、貴方に生きていてほしいです」
引き留めなければ、と思った。それがどれほどのシンクレアのエゴだとしても。
生きて、前に進んで欲しい。だって自分にもそれが許されたのだから。
シンクレアの視線の先で、ラウィニアが一瞬泣きそうな顔になる。くしゃりと顔を歪めて、それでも堪えるようにぐっと唇を引き結ぶと、ラウィニアはやがて小さく微笑んだ。
「……ありがとね、シンクレア」
ラウィニアは握られている手へ僅かに力を込める。それがラウィニアの示したシンクレアの言葉の返事のように思えて、シンクレアは強張っていた表情を少しだけ崩した。
手を繋ぎ、離れてしまったダンテ達に追いつくように二人は歩き出す。
いつかラウィニアの本心に触れられるだろうか。そう願いながら、シンクレアは握る手の感触を確かめた。