曖昧以上確定未満
生徒手帳の連絡帳から一つの名前を選び、タップする。
コール。……出ない。
切って、再度コール。……やはり繋がらず、込み上げて来る苛立ちを込めるようにリーセリットは画面を強くタップして通話を終了し、ポイとベッドに投げ捨てた。
「ああ、もう……!」
髪をぐしゃりと掻き、リーセリットは生徒手帳を投げ捨てたベッドへと勢い良く体を沈めた。反動で生徒手帳が僅かに跳ねる。
息を吐き、天井を見上げる。仮設住居のシンプルな天井が、静かにリーセリットを見下ろしていた。
エランが……強化人士5号が行方を眩ませてから数日が経った。何の前触れもなく、何も言わず居なくなった様子は4号が『処分』された時を思い起こさせるには十分過ぎるものであり、血の気が引いてく感覚を覚えながらもリーセリットは直ぐにCEOとエランに連絡をしたのだ。
その結果、返って来た答えは「強化人士5号は離反した」と言うもので。
離反って? どういう事? 逃げたの? 素直に言葉が飲み込めず、ぐるぐると脳と胃で反芻しているような気分だ。
そこに追い打ちを掛けるように起きたテロ騒動。ランブルリングでも見たガンダム――ルブリス・ソーンが学園内で大暴れし、破壊の限りを尽くしたのだ。そちらの対応だってリーセリットが陣頭に立って指揮をしなければならなかった。寮長である《エラン》が居ない今、トップは副寮長であるリーセリットなのだから。
ペイル寮生達の安否確認。仮設住居で生活している生徒達の心身のケア。実家に連絡して救援物資を確保し、それの分配……とにかくやる事が多い。
「あいつ……いい加減電話に出なさいよ」
ごろりと寝返りを打ち、放った生徒手帳を再度手に取る。画面を付けた画面には《エラン・ケレス》宛ての発信履歴が何個も並んでいるが、それは今もペイル社に居るであろう《エラン》へ宛てた物ではない。――5号宛ての発信履歴だ。
着信履歴は一つもない。リーセリットは疲れたように息を吐き、画面を消灯して傍らに置いた。
喧嘩別れのような別れをしてから、数日は経っただろうか。生徒手帳の電源を落としているのか誰かに没収されているのか分からないが、兎に角連絡が付かなかった。
不安になる。前触れもなくエランが居なくなった時のように彼も消えてしまったらと思うと。CEO達の口振り的に『処分』されたわけではないのだろうが……。
「はあ~、駄目だ……少し外の空気吸ってこよ」
これ以上救援物資のリストとにらめっこするのも疲れて来たし、少しだけ休憩したって良いだろう。リーセリットは起き上がると充てがわれている仮設住居を出、森の方へと向かっていく。
校舎から離れても尚、ルブリス・ソーンが付けた傷跡は痛々しく各所に残っている。森の道に入ったところで向こうの木々は折れ、或いは根本から薙ぎ倒され、美しい造形だった噴水は割られて悲しげに水をチョロチョロと吐き出してた。
アスティカシアの修繕にはどれ位月日が掛かるだろうか。費用は? その間の生徒への補償や授業は? 休憩に出たところでそんな考えばかりが過ぎってしまい、これじゃあ休憩にならないなとリーセリットは苦笑をする。
その時だった。
「――リーセリット!!」
何処か焦ったような声がし、リーセリットは立ち止まって振り返る。
振り返ったその先には――息を切らし膝に手を当てて息を整えているエランが居て。
唐突な出来事にリーセリットが言葉を失っていれば、息を整えたエランが駆け出してリーセリットの元へと向かってくる。そうして勢いのままリーセリットを抱き寄せ、強く抱きしめた。
リーセリットがエランの腕の中で目を白黒とさせる。こんなの――こんなの、まるで本当に大事にされているみたいではないか。本当の婚約者のように、恋人のように。
「……君が無事で良かった」
心底安堵したように呟く。その焦りを証明するように耳を当てたエランの胸はドクドクと早鐘を打っていて。一体どれだけの距離を走って探してくれたのだろうか。
――生きてる。ちゃんと生きて、触れられて、温かい。
その事実にじわりと涙が浮かんできたが、ハッとしたリーセリットはエランの体を押して離し、顔を見上げる。
「そ……それは私の台詞なんだけど!? 私が一体どれだけあんたを心配したか分かってる!? 分かんないでしょ! 連絡しても全然出ないし、あんたが処分されんじゃないかと思ってCEOに聞いてみればあんたは離反したって言うし! 全然姿見せないし!」
縋るようにエランの制服を握る。リーセリットは僅かに俯き、
「……あんたが生きてて良かった。本当に」
ぽすん、とエランの胸に頭を預ける。
心からの安堵と嬉しさを滲ませた声。僅かに震えた手を見て――ああ、と漸くエランは気付く。
最初に会った時、なんて愚かな女だと思った。4号と交わした叶わない約束を信じ続けて、居なくなった者を何時までも想い、恋心を傾ける、愚かしいまでに可愛い女。
少し遊んでやろう。手の平の上で転がして。彼女の愛した顔と声で迫り、愛の言葉を囁いたらきっと面白いだろう。そう思っていたのに、何時から彼女に入れ込んでいたのか。
学園が破壊された時、リーセリットの安否を案じた。怪我はしてないだろうか、無事に避難出来ているだろうか――死んでは、いないかと。
そう本気で心配する程、リーセリットの事が気になっている――好きなんだ、リーセリットの事が。
エランがからかうようにクスリと笑う。
「君のその態度、まるで僕の事が好きって言ってるみたいだけど?」
その言葉にリーセリットはバッと顔を上げた。涙で瞳が潤み、恥ずかしさで耳まで赤い顔は、愛おしさと嗜虐心が増すだけなのに。
「っ、そうだよ! あんたの事がどうしようもない位好きなの! だからあんたに死んで欲しくなんかないし、居なくなって凄く心配した! エランと……4号と同じ位あんたが大切で、大好きなの!」
やっと向き合えた。この気持ちに。
いつの間にか膨れ上がったこの感情は、いつの間にか四号に対する想いと同じ程までに大きくなっていた。
別に4号への気持ちが蔑ろになったとか、冷めたとかではない。同じ位に――いつの間にか彼の事を好きになっていたのだ。だから居なくなったと聞いて不安で、心配で、心と頭の中がぐちゃぐちゃになった。死んでいたらと思うと血の気が失せていくような感覚を覚えた。
だから――側に居て欲しい。もう二度と居なくならないで欲しい。
じ、と顔を見上げてリーセリットはエランの言葉を待つ。
エランは小さく吹き出して笑えば、今までに見た事もないような柔らかい表情を浮かべてリーセリットの頬に手を添える。
「良かった。君が僕と同じ気持ちで」
顔を近付ける。嫌がる素振りは見られない。
「君が好きだ、リーセリット」
唇が重なる。
例え偽りの顔と名だとしても、彼女だけは手放したくないと願わずには居られなかった。