VD2024
二月十四日と言えば、バレンタインデーである。
世間一般的には男性から女性へ贈り物をする日だが、日本などの一部の国では女性から男性へチョコをあげる風習があり、A.Sにおいては男性も女性も関わらず、想っている相手へチョコや花束贈る行事となっていた。
そんな日のペイル寮ラウンジ。本来なら寮生がゆったりと腰掛けて雑談したり課題をこなす為にと置かれている大きなテーブルとソファには、綺麗にラッピングされた箱や花束が溢れんばかりに乗せられており、もう何個か積めば雪崩を起こしてしまいそうな程だった。
そんなソファの無事な一角に腰掛け、涼しい表情で本に視線を落としている人物が居る。この大量の贈り物の受取人でもある彼――エランは聞き慣れた軽快な足音をが耳に届くと顔を上げ、ラウンジの出入り口へと視線を向けた。
「わあ~、エランってば沢山貰ってるねぇ。流石は『氷の君』」
ラウンジにやって来たリーセリットは感心した様子で贈り物の山を一瞥し、エランの隣へ腰掛けた。
誰にも笑顔を振りまかず、誰とも馴れ合わない、孤高の『氷の君』。そのクールな素振りと優秀なMSの腕、そして何より整ったその美貌はペイル寮内外からも人気があり、婚約者が居るという周知の事実があってもこうして山のようにチョコやクッキー、花束等が届くのであった。
嫉妬するかと問われれば、リーセリットはしないと答える。有象無象にエランが靡くとは思っていないし、こうした贈り物の数々はそれだけエランが人気だという証明になるからだ。どうだ、私の婚約者はこんなに凄いんだぞとまるで自分の事のように鼻高々になってしまう。
「君はくれないの?」
「えっ」
そんな事を考えていれば唐突に隣から声を掛けられ、リーセリットは素っ頓狂な声を上げた。横へ顔を向ければ、涼やかなエランの瞳がリーセリットを見つめている。
まさかの言葉に一瞬リーセリットはフリーズしてしまう。エランは今なんと?
「まだ君から貰ってないと思うんだ」
聞き間違いではなかったらしい。エランは物に執着したり欲しがったりするような質ではないと思っていただけに、この言葉は予想外だった。
リーセリットは視線を逸し、ごにょごにょと小さく口を開く。
「あの~、用意はしてあるんだけ、ど」
そう、用意はしてある。リーセリットお気に入りの有名ショコラティエのチョコレートを。エランがどんなフレーバーが好きか分からないから、色々悩んだ末にあまり甘くないチョコレートとリーセリットが好きなフレーバーを用意してみたのだが……。
自分の買い物よりも時間を掛け、どんな難解な問題を解く時よりも悩んで頭を使った。それはひとえにエランに喜んで欲しいという思いからだが、それと同時に「この感情と贈り物は彼にとって重たくないか」と思う時もあった。
確かに渡せばエランは贈り物を受け取ってくれるだろう。しかしそれは「婚約者のエラン・ケレス」として受け取るのであって、「強化人士四号」として受け取るのではない。
だからチョコはどうだろうかとか、食べ物よりも枯れたら捨てられる花束の方が良いんじゃないかとか、無難に持ちやすいハンカチやネクタイピンの方が喜ばれるんじゃないかと悩みに悩み、結局チョコにした。少しでも喜んでくれれば良いなと、願いを込めながら。
「けど?」
エランが小首を傾げる。頭の動きに合わせてさらりとした緑の髪と房のピアスが揺れた。
「……エランが喜んでくれるか分からなくて」
そんな事か、と言いたげにエランは小さく息を吐く。
「君からの贈り物なら、何でも僕は嬉しいよ」
「……え?」
そろりとリーセリットが顔を上げる。見上げたエランは嘘を吐いている様子もお世辞を言っている様子もなくて。
「僕に必要ないと思えば、僕は受け取らない。君からの贈り物は欲しいと思うから受け取るんだ」
関心も、形ある物も、何だって欲しい。『本物』に向けられるものを己に向けて欲しいと願うのは、過ぎたエゴと願いだろうか。
じ、とリーセリットを見つめる。ぽかんと鳩が豆鉄砲を食ったようにしていたリーセリットはじわじわと頬が赤くなっていき、それを隠すように両手で頬を覆った。
「それで、返事は?」
「……い、今から取って来るね。自室に置いて来ちゃったから」
「うん。待ってるよ」
ソファから立ち上がり、パタパタと小走りで自室の方へと駆けて行くリーセリットを見送る。
さて、とエランは再び本へと視線を落とす。そう距離は離れていないから直ぐに戻って来ると思うが、その間の手持ち無沙汰を解消する為だ。
文字を追いながら、ホワイトデーのお返しはどうしようかと些か気の早い考えをする。何なら喜んでくれるだろうかと思案し――エランは小さく笑った。
未来の無い自分が彼女との未来を考えるなんて。
だけどそれは、不思議と気分は悪くないのだった。