VD2025
「ほらよ」
ペイル社の応接室で顔を合わせるなり、エランは半ば押し付けるように、或いは投げやり気味にリーセリットへ小さな長方形の箱を差し出した。雑に渡されたそれを取り落とさないように受け取り、まじまじと検める。
とても丁寧に、綺麗にラッピングされた小箱だ。顔を近付ければ微かに甘く、ほろ苦い香りが漂ってくる。時期も合わせれば彼が何を贈ってきたかなんて言わなくても分かるだろう。
世間的には恋人同士の催しであるバレンタイン。形だけではあるが婚約関係であるエランとリーセリットもその例には漏れず、毎年こうして互いに花やチョコレート、小物やアクセサリーなんかを贈り合っていた。
リーセリットは意外そうな表情をして小箱――チョコレートとエランの顔を交互に見比べる。
「……驚いた。今年は先にあんたがくれるんだ」
「毎年毎年、渡さないと拗ねる奴がいるからな」
「ちょっと、誰が拗ねるって?」
ムッと僅かに頬を膨らませれば「ほらな」とエランが鼻で嗤う。まんまと相手のペースに乗せられたことに気付いたリーセリットはハッとしたように片手で口元を覆い、バツが悪そうに眉根を寄せた。
一つ息を吸って落ち着き、改めてチョコレートを見やる。高級そうなラッピングは間違いなく選りすぐりの名店の物なのだろう。
というか――
「これ……私が好きなショコラティエのところのヤツじゃん!」
名店も名店。三つ星を取った有名ショコラティエがこの時期にだけ出す期間限定・数量限定のチョコレートだった。
勿論リーセリットだってチェックしていた。自分用に購入しようとまで思っていたのだ。けれど運悪く買い逃してしまい、落胆していたのだが……。
けれど、とリーセリットは首を軽く傾ける。
この店のチョコレートが好きだという話をエランにした記憶はない。そもそも彼と仲良く雑談をするような間柄でもないし、会食やパーティーの場なんかで会話をする時は事業の話が殆どだ。
「このお店、好きだって話したことあったっけ?」
そう問えば、ソファに腰掛けながらネクタイを緩めていたエランが「へぇ?」と興味深げに片眉を上げた。
「やっぱりそうだったんだな。俺の見立てが間違ってなかったようで何よりだ」
勝ち誇ったように口角を上げ、エランは優雅に足を組む。つまり彼はリーセリットが零したちょっとした会話だとか、以前プレゼントをあげた時の反応だとか、そういう些細な情報を集めて分析をし、リーセリットの好みを把握していったのだろう。
流石はペイル・グレードが選んだ男。対人、社交性、経営手腕においては右に出る者が居ないだけはある。
「く、悔しい……!」
リーセリットが悔しそうに歯ぎしりをする。貰ったチョコレートの箱を握り込み、今にも地団駄を踏みそうな勢いだ。
好みがモロバレなのも悔しい。彼の頭の良さが分かってしまうのが悔しい。あとついでに言わせてもらえば勝ち誇った表情もムカつくが、顔が良くて許してしまいそうになるのも悔しい。
全てにおいて悔しいのだ。
「性格とMSの腕以外完璧なのも悔しい!」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしろ」
忙しないやつだなと零し、エランは呆れたように腕を組んだ。