コレの続き。
「ねえ、ちょっと!!」
黄色とも揶揄される甲高い声が頭上か降ってくる。中庭のベンチに腰掛け、剣の鞘に付ける飾り紐を編んでいたエレオノールは面倒くさそうに顔を上げた。
想像とおりというか、先日エレオノールがうっかり居合わせてしまったシルヴァンと女生徒の別れ話の時にいた彼女がエレオノールの前で仁王立ちしており。ギロリとエレオノールを睥睨すると女生徒はエレオノールに対する恨み妬み怒りをまくし立てる。キンキンとした高い声に耳が痛くなり、エレオノールは迷惑そうに眉を顰める。半分程聞き流しているが「私から奪った」「どうせ顔目当てでしょ」とは一体なんのことなんだろうか? 飾り紐を編み込みながら思案する。
「──聞いているのッ!?」
「あっ」
バシンと手を叩かれ、エレオノールの手の内から編みかけの飾り紐が落ちてしまう。拾おうとして手を伸ばすが、女生徒の足の方が速かった。傍にあったぬかるみへ蹴り、グリグリと足を動かして飾り紐に泥を塗してボロボロにしていく。
フン、と女生徒が鼻を鳴らす。ここまですれば大事なものを踏みにじられたと気づいてメソメソし出すだろう。腕を組み、勝気な表情を浮かべながらエレオノールの様子を見る。
「あーらら……ぐちゃぐちゃだ」
泥まみれのソレを拾い上げ、しげしげと見やる。それは女生徒の望んでた反応ではなくて。ますます苛立ちが募る。
「なんで怒らないのよ!!」
「いや、少しは怒ってるよ……作りかけの作品めちゃめちゃにされたんだし」
それでも、彼女の望む態度ではないのだ。泣いて、喚いて、みすぼらしい姿を晒して欲しいのに。
嗚呼、苛苛する。女生徒は感情に身を任せたまま片手を振り上げ、勢い良く振り下ろした。パアン! と小気味の良い音か中庭に響く。
「……えっ?」
きょとんとした顔でエレオノールは叩かれた箇所を押さえる。じんわりと熱の籠る痛みを持つ、己の片頬を。
「貴方のせいよ! 貴方が私からシルヴァンを奪ったから……っ!! 返してよ、返してよぉ!!」
目の前で息を荒らげている女生徒をぼんやりと眺めているとドタドタと複数人の足音が聞こえた。ナイフを取り出したらしい女生徒は医務室に連れていかれ、ベンチのそばには担任のベレスとシルヴァンまでもやって来ていて。
「大丈夫か、エレオノール!」
シルヴァンに肩を揺さぶられる。気持ち悪くなるからと抗議をしていたらピタリと動きが止まり、じっとシルヴァンがエレオノールの顔を見つめてくる。それはいつになく真摯な表情で。
「……シルヴァン?」
「悪い、今回は完全に俺のせいだ」
苦虫を噛み潰したかのような表情で呟き、エレオノールの頬に触れる。叩かれたばかりの頬は熱を持っているからか、シルヴァンの手の温度がちょっとした氷のうのように感じられて心地よかった。
「この間付き合った子、結構俺に入れ込んじまったみたいでさ。咄嗟にお前を盾にして縁を切ろうとしたら逆恨みときたもんだ。しかも相手は俺に直接じゃなく、『シルヴァンを横取り』した女にな」
「逆恨みもいいとこだよ……」
ベレスに渡された氷のうを頬に当てながらエレオノールは苦笑いを零す。
エレオノールの隣にシルヴァンが座る。
「……呆れた、よな」
「どちらかと言うとびっくりしかないんだけど。わけわかんないこと言われて、わけわかんない間に終わって」
「でも問題を引き起こしたのは俺だ。俺が、お前を巻き込んじまったんだ」
シルヴァンは俯く。
彼はこう見えて真面目な性格なのだ。だから振った女生徒の怒りが自分ではなく、新しい彼女(のフリだったが)に向かってしまったことに責任を感じているんだろう。
「シルヴァン」
片手で飾り紐の泥を落としながらエレオノールは名を呼ぶ。
「この位じゃ私、絶縁するだとか嫌いなるつもりはないからね」
「……は?」
俯いてたシルヴァンが顔を上げ、意味がわからないと言いたげな表情でエレオノールを見やる。当のエレオノールは涼しい顔で泥を落としており。
「別にシルヴァン自身から何かされたわけでもないしね~。あっ、でも飾り紐の代金くらいは請求していいよね? これもう作り直しだもん。あとシルヴァンオススメのお店のご飯と~買い物の荷物持ちと~」
「多いな!?」
にやりとエレオノールが笑う。
「ま、迷惑料の精算ってことで」
「ねっ?」と両手を合わせ、可愛こアピールをしてシルヴァンを上目遣いに見上げる。ガシガシと頭を掻いたシルヴァンは降参とばかりに肩を竦めて。
「分かりました、エレオノールお嬢様の仰せのままに」
わざと恭しく一礼をする。そうして上体を上げれば目の合ったエレオノールと同じタイミングで吹き出し。
生暖かい、ぬるま湯のような日常。明日も、明後日も願わずには居られないのだ。こんな日常が続いて欲しいと。
「さあ、エレオノールお嬢様。自室まで運んで私めが手当しましょう」
「シルヴァン乗り気じゃん!」
破滅の音に、聞こえないフリをしながら。