後夜祭の婚約者
「はあ~……つっかれた……」
首と肩を回しながらリーセリットは森林道を歩いていく。陽が落ちかけている時刻である事と《戦術試験区域マクハリ》で全校集会の後夜祭が行われている事もあって人気はなく、リーセリット以外の姿は何処にも見当たらなかった。
後夜祭開始の挨拶もそこそこに、リーセリットは《戦術試験区域マクハリ》をこっそりと抜け出していた。もう残っているのはバーベキューやフォークダンスといった催しだけだし、それに参加する程度の体力をリーセリットは持ち合わせていなかった。何せ寮長であるエランが会社の用事で居ない分、副寮長であるリーセリットに全校集会の仕事が回って来ていたのだから。
出店している店の確認や、やって来る参加客の応対。イベントの進行や、突発的に起きたアクシデントの解決など……大きな問題なく無事に終わったものの、体力はゼロに等しかった。
疲れてはいるものの、寝るのには早すぎる。そういう訳で少し遠回りをしてから寮の自室に帰ろうとし――
「リーセリット」
「リーセリット♪」
背後から名を呼ばれ、反射的に振り向いてしまう。
――この時、振り向く前に違和感に気付けば良かったのだ。一番好きな声が同時に二つ聞こえた事と、それぞれの声音が違う事に。
振り向いたリーセリットが、目を丸くさせる。
「エ……エラン?」
エランが、二人いる。いや、《強化人士》は控えている者も含めたら七人いるし、本人を含めたら八人は同じ顔がいる事になるのだが。
この学園には一人しか居てはいけないのだ。そういう決まりではないが《エラン・ケレス》に兄弟はなく、《強化人士》だって社外秘の計画なのだから。
だけど、リーセリットの目の前には二人いる。涼やかな表情をして房の付いたピアスをしているエランと、四角錐のピアスで天使のような微笑みを浮かべているエランが。
「ど、どういう事……?」
「こいつらが勝手に会社を抜け出して来たんだよ」
その声は二人並んだエラン達の奥から聞こえていた。
ずい、と二人の間を割り込むようにして三人目のエラン……もとい、スーツを着た《本物》がやって来る。「うわ」「来たんだ」と両サイドから非難の声が上がっていた。
「だって、折角のお祭りだろう? 全校集会の方は出られなかったんだから、せめて後夜祭には出ないと」
「ごめんね、リーセリット。全校集会に出られなくて」
「いや……うん、それは大丈夫なんだけど……」
よくよく二人の格好を見てみれば、確かにエランとエランは配布された後夜祭用のTシャツと法被を身に纏っていて。しっかり後夜祭に参加するつもりで来たのだろう。
頭の処理が追いつかない。頭の中で宇宙が広がっていく。
「で、何でお前はこんな所にいるんだよ。後夜祭やってるんだろ?」
「あ、ああ……全校集会で疲れたから、少し散歩してから部屋に戻ろうと思って……。エランも来ないと思ってたし」
目の前で繰り広げられている光景と今後の動きを考えるべく、リーセリットは一度大きく深呼吸をした。
エランが会社の用事で授業や催しに遅れて参加する事は多々ある。だから例えば此処でリーセリットがエランを連れて後夜祭に参加したとて、別段違和感を抱かれたりはしないだろう。
しかし、だ。エランが三人いる事が問題なのだ。リーセリットでさえ混乱しているのに、三人も連れて行ったらどうなるかなんて火を見るより明らかだ。
どうすべきか。ぐるぐると思案していれば手を取られ、ぐいと引かれる。えっ、と思うより早くリーセリットの体は手を引いた者の腕の中にぽすりと収まり、誰がこんな事をしたのかとリーセリットは顔を見上げた。
柔和な笑顔が視界に入る。手を引いた人物は明らかだった。
「なら問題は解決したよね。なんせ『僕ら』が来たんだから」
いや、三人も来ているから問題が増えているんだが。そう口にしようとしたところで今度は両肩を掴まれ、優しく後方へ引き寄せられた。
「リーセリットが困ってる」
耳の直ぐ側で涼やかな声が聞こえ、リーセリットは思わず身を強張らせた。
心臓がドキドキと跳ねてしまう。滅多にない状況に余計にリーセリットの頭は混乱し、思考があっちこっちに飛んで行ってはぐるぐると回っていく。
どうしよう、どうしよう。考えた末にリーセリットは――
→4号の手を取る。
→5号の手を掴む。